不動産事業を売却したサッポロビール「背水の陣」 “新商品に頼らない”勝ち筋とは?(1/2 ページ)
2025年12月、サッポロホールディングスは不動産事業を約4770億円で売却すると発表した。不動産事業を手放した今、既存ブランドでいかにして生き抜こうとしているのか。ビール専業メーカーとして歩み出したサッポロビールの生存戦略を、坂下聡一マーケティング本部長へのインタビューからお届けする。
2025年12月、サッポロホールディングスは不動産事業を約4770億円で売却すると発表した。恵比寿ガーデンプレイスをはじめとする巨大な安定収益源を切り離し、酒類・飲料専業としての真価が問われる。文字通り「背水の陣」を敷いた格好だ。
2026年10月にはビール・発泡酒・新ジャンルの税率が一本化される「酒税改正」というビール業界最大のイベントが控えている。競合のキリンビールが大型新商品を投入して攻勢をかける中、サッポロビールが選んだのは「新商品の乱発を避ける」道だ。黒ラベルやヱビスといった「既存ブランドの再定義」と「体験価値の創出」に投資を集中させる戦略を取る。
「新商品を作るよりも、既存ブランドで新しい体験価値を創出する方が勝ち筋」
そう話すのは同社のマーケティングを率いる坂下聡一マーケティング本部長だ。不動産事業を手放した今、既存ブランドでいかにして生き抜こうとしているのか。
ビール専業メーカーとして歩み出したサッポロビールの生存戦略を、坂下氏へのインタビューからお届けする。
新商品開発より「既存ブランドの体験」に投資を集中
2026年10月の酒税改正により、ビール類(ビール、発泡酒、新ジャンル)の税率が54.25円に一本化される。従来のビールである「狭義のビール」が相対的に買いやすくなることを見越し、競合のキリンビールは「晴れ風」や「グッドエール」といった新商品を投入して攻勢をかけている状況だ。
一方のサッポロビールは、新商品の開発を進めてはいるものの、その優先順位は決して高くない。
「黒ラベルの認知度やファンの数など、さまざまな数値をモニタリングしていますが、既存ブランドにはまだ開拓の余地が十分にあると見ています。そこに戦略的に投資を集中させます。新商品を作るよりも、黒ラベルとヱビスといった既存ブランドで新しい体験価値を創出するほうが、今のサッポロにとっては勝ち筋だと考えています」
この「既存集中」という強気の姿勢を支えているのは、不動産事業を売却した後、本業で叩き出した過去最高の業績だ。
「不動産」事業売却後の最高益 市場には危機感
2025年度、サッポロビールは売上高5069億円(前年比1.1%減)ながら、各利益で過去最高を記録した。営業利益は244億円(同332.9%増)、最終利益は195億円(同152.8%増)。ブランド力強化と適切な価格改定が功を奏した形だ。
同社は増益の要因として、国内酒類が全体をけん引し82億円増加(前年比48.6%増)したことを挙げている。
一方で足元の数字は好調でも、将来予測には強い危機感が漂う。2026年のビールの市場全体は、飲酒人口減少の影響から前年比95%強と、減少を見込む。市場そのものが縮小する中で、いかにして“独自の席”を守り抜くのか。サッポロビールは今後、主力であるビール事業へさらに資源を集中させる構えだ。
縮む市場で“独自の席”を守る 「変えない」という戦略
同社が選んだのは「ブランドのビジョンを変えない」という一貫性の徹底だ。2010年から続く「大人エレベーター」の広告展開は、その象徴といえる。
「マーケティングにおいて『誰に、何を』という核心部分は、頻繁に変えるべきではありません」
あらゆる娯楽が「消費者の可処分時間」を奪い合う中、同社はメッセージを固定し続けることで、黒ラベルならではの「独自の立ち位置」を死守する構えだ。
その一方で「伝え方」においては大胆な変化を厭(いと)わない。その時々の課題や時代の変化に合わせる柔軟な姿勢を持っている。
CMより「五感」 ビールを再び「人が集まる場」の主役に
「どれほどCMを流しても、そもそも関心がない人の心には届きません」
そう語る坂下氏が重視するのは、ワゴン車によるプロモーション「THE PERFECT 黒ラベルWAGON」のような、リアルな顧客接点だ。
「大切なのは、イベントなどを通じて『面白そうだから、ちょっと飲んでみよう』と思えるきっかけ(接点)を作ること。リアルの場で最高の一杯を五感で味わってもらう実体験こそが、ブランドへの興味を呼び起こす何よりの近道になります」
リアルを重視する背景には、飲酒人口が急減しているという強い危機感がある。
「飲酒の頻度や量が減っているだけでなく、若者の飲酒率も低下しています。人口減少に飲酒率の低下を掛け合わせると、飲酒人口は人口統計以上のスピードで減っていくでしょう。ビールそのものへの無関心層や、銘柄にこだわらない層をいかに開拓するかが課題です。ユーザーの総数が増えない限り、ブランドの成長はありません」(坂下氏)
かつては「ビールの苦さが分かって一人前」という風潮もあった。今は「苦ければ飲まない」という選択が一般的だ。ビールを好きになるための入り口(ハードル)は確実に上がっている。
「一方で、学生たちと話すと『ビールを飲める人は大人でかっこいい』という憧れや、人間関係を円滑にする『ソーシャルドリンク』として、飲めたほうが得だという捉え方をしている層も一定数います。だからこそ、飲むシチュエーションによって変化する『おいしさ』をどう体験してもらうか。その『場の提供』に全力を注ぐ方針です」(坂下氏)
ヱビスは「特別な日」以外でも選ばれるブランドへ
主力の黒ラベルと並び、再定義を急いでいるのが高級路線の「ヱビス」だ。
「ヱビスの課題は、ブランドへの好意度は高いものの、それが『正月やハレの日に飲む贅沢なビール』というイメージに固定されてしまっている点にあります。結果として、日常的な飲用シーンに結び付かず、販売が大きく伸び悩んでいました」(坂下氏)
ブランド価値を維持しつつ、日常の接点をどう増やすか。この課題解決のために、漫画家の矢沢あい氏とのコラボデザイン缶の発売や、新ライン「CREATIVE BREW」の創設など、伝統を現代的にアップデートする試みを加速させている。ヱビスの入口を広げることを急ぐ。
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