「百貨店の敗北」ではない 小売王者「イオン」躍進を支えた地場百貨店の“生存戦略”(1/3 ページ)
戦後の高度経済成長にともない消費スタイルが変化する中、多くの地場百貨店が大手スーパーを運営する小売事業者の傘下に入った。しかし、その過程は「百貨店がスーパーに負けた」という単純なものではない。
著者紹介:若杉優貴(わかすぎ ゆうき)/都市商業研究所
都市商業ライター。大分県別府市出身。
熊本大学・広島大学大学院を経て、久留米大学大学院在籍時にまちづくり・商業研究団体「都市商業研究所」に参画。
大型店や商店街でのトレンドを中心に、台湾・アニメ・アイドルなど多様な分野での執筆を行いつつ2021年に博士学位取得。専攻は商業地理学、趣味は地方百貨店と商店街めぐり。
アイコンの似顔絵は歌手・アーティストの三原海さんに描いていただきました。
かつて「小売業の雄」といわれた百貨店は、日本の小売業界の頂点に立つ存在だった。都市中心部に店舗を構え、最先端のファッションやグルメをそろえ、文化を発信する場としても多くの人々を引きつけてきた。
しかし、戦後の高度経済成長にともない消費スタイルが変化する中、1960年代には総合スーパーが台頭。1970年代に入ると、多くの地場百貨店が当時の「ジャスコ」「ダイエー」「ニチイ」といった大手スーパーを運営する小売事業者の傘下に入った。
その過程は「百貨店がスーパーに負けた」という単純なものではない。今回は、国内最大手の小売企業・イオンの運営に参画し、躍進を支える道を選んだ百貨店の歴史から、小売業界の勢力図の移り変わりを考察する。
大手スーパーが業績不振の「地場百貨店」と組んだワケ
大手スーパーが不振業態になりつつあった地場百貨店と手を組んだ背景には、1973〜1974年の大規模小売店舗法の施行や建築基準法、消防法の改正の影響がある。
こうした法制度の変更により、総合スーパーをはじめとした大型店の新規出店には地域との調整や防火・防災対策など、さまざまな面で以前よりも時間とコストがかかるようになった。オイルショックによるインフレーションも重なり、大型店の出店環境は急激に厳しさを増した。
そうした中、大手スーパーを運営する小売事業者が選んだ戦略が「既存の地場小売企業との資本・業務提携」だった。地元に根ざした企業の経営を支援することで、出店コストや地域社会との摩擦も抑えつつ、円満に事業拡大を進めようとしたのだ。
東北地方に展開する「さくら野百貨店」の各店は、いずれもニチイ(のちマイカル)グループ傘下となった地場百貨店だった。2001年のマイカルの経営破綻後に再び独立、現在は青森市に本店を置く(写真:若杉優貴)
のちに国内最大手の小売企業となるジャスコグループ(現イオングループ)は、1976年に「いずも屋」(新潟県上越市)と「橘百貨店」(宮崎市)、1977年に「伊勢甚」(水戸市)と「ほていや」(長野県上田市、後述)など全国各地の地場百貨店と資本・業務提携を結んだ。
各都市の一等地にあった百貨店をジャスコグループの店舗に業態転換させることで再び成長軌道に乗せると、各地域の郊外エリアにも店舗網を拡大。さらには老朽店舗をスクラップアンドビルドしたり、郊外に移転し、ショッピングセンターへと業態転換したりして店舗規模を広げていった。
経営難に陥ったのちジャスコ傘下で再建を果たした宮崎市の「橘百貨店」。同店の地盤はイオンモール宮崎に引き継がれ、2007年にイオングループを離脱。2020年にドン・キホーテが買収し、現在はドンキの店舗となっている(写真:若杉優貴)
例えば、1970年からジャスコの経営支援を受けていた長野県松本市の百貨店「はやしや」は、1974年に「信州ジャスコ」を設立(旧はやしやからの法人名変更)。松本市中心部にあった本店をジャスコ業態に転換した。1983年には同じ経緯でジャスコが支援していた長野県上田市の百貨店「ほていや」と合併し、両百貨店の地盤を生かして長野県内でのスーパー多店舗化へと乗り出した。
1981年には松本市中心部の旧はやしや本店を郊外(近郊)型ショッピングセンター「カタクラモール」内に事実上移転。1999年の信州ジャスコのジャスコ本体への合併を経て、カタクラモールは2017年に建て替え・大規模増床を実施。当時の長野県内では最大級となるショッピングセンター「イオンモール松本」に生まれ変わった。
はやしやの転生ともいえるイオンモール松本の開業は、松本市の商業地図を大きく塗り替えることに。かつて、はやしやを劣勢に立たせたライバル百貨店は、2025年に松本市中心部での百貨店事業から撤退した。
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