大量リード獲得の虚しさ 名刺アプリ「Eight」がイベント事業で年50%成長を続けるワケ(1/3 ページ)
年50%成長を続ける「Climbers」を始めとしたSansanのEight事業部によるイベント事業。かつて12万人を集客したトッププロデューサーが抱いた「大量リード獲得の虚しさ」とは? 従来の展示会の在り方を変え、名刺400万人のデータで「無駄な量を捨て、実利(質)」を担保するイベントDXの深層に迫る。
経営者など各界のトップランナーが人生のドラマを語るビジネスイベント「Climbers」。主催するのは、利用者400万人を超える個人向け名刺アプリ「Eight」を擁するSansanのEight事業部だ。
Climbersを「あらゆるビジネスパーソンを呼び込むエントリーモデル」と位置付け、高確度な商談へとつなげる仕組みを構築した結果、イベント事業の売上高は毎年50%成長という急拡大を続けている。率いるのはSansan執行役員/Eight事業部Event Business部の石本卓也部長だ。
なぜ名刺アプリの会社が手掛けるイベント事業が、これほどの成長を遂げているのか。その強さの理由は、単なる有名人のキャスティング力にあるのではない。
かつて他社で12万人を集客する大規模展示会をプロデュースしていた石本部長は「大量集客の虚しさ」を感じていた――すなわち、従来の展示会興行が陥りがちだった「量だけに偏ったリード獲得」から、方針を転換したことに成功の秘密があるのだ。Sansan独自のデータアルゴリズムによって「商談の完遂」(質)に注力したBtoBマーケティング戦略とは、どのようなものなのか。
電話やメールによる新規アプローチの成功率が減ってしまったアフターコロナの市場環境において、なぜ同社は、実利につながるニッチな商談を成立させられるのか。イベント興行を有効な営業・マーケティング手段に変えたイベントDXの仕組みを、石本部長と同部でClimbersのディレクターを務める郡司弘明氏に聞いた。
量から質への転換 12万人を集めて気付いた「大量集客の虚しさ」
Eightを運営しているのは2007年創業のSansanだ。2025年5月期(通期決算)におけるEight事業の売上高は50億5100万円で、うちBtoB事業が46億4900万円と約92%を占めている。このBtoBビジネス売り上げの約4割を占めるのがClimbersを中心とするイベント事業だ(利用者400万人超 個人向け名刺管理アプリ「Eight」、名刺交換のDXを起こせるか)。
2026年で9回目を迎えるClimbersの登壇者には、財務大臣の片山さつき氏、WORLD BASEBALL CLASSIC 2026で日本代表の監督を務めた井端弘和氏など、ビジネスセミナーの枠を超えた多彩な顔ぶれが並ぶ。
Climbersの登壇者には、財務大臣の片山さつき氏、WORLD BASEBALL CLASSIC 2026で日本代表の監督を務めた井端弘和氏など、ビジネスセミナーの枠を超えた多彩な顔ぶれが並ぶ(SansanのWebサイトより)
石本部長は、国際産業見本市やセミナーの主催・企画・運営を手掛けるリードエグジビションジャパン(現RX Japan)に、新卒で就職。年間で最大60本ものイベントをプロデュースしてきたという。特に2019年に運営したイベントでは、来場者12万人、出展社2000社を集め成功を収めた。普通に考えれば、大きな達成感を得られそうだ。だがイベント後に、心境に変化が生じたのだった。
「ビッグイベントでしたが、急に虚しさがこみ上げてきました。なぜなら来場者と出展者に対して『出会いが持つポテンシャル』を最大化できていないのではないか? という問いが立ったからです」(石本部長)
出会いの数を生み出せたとしても、本当にそれが商談につながっているのだろうか――。大規模興行に限界を感じていた石本部長が、次のステップとして選択したのがSansanへの参画だった。
リアルでの展示会という手法にITを掛け合わせれば、出会いの質と商談化の効率を引き上げられると確信したからだ。「約20年間、展示会ビジネスの最前線でプロデュースを担ってきた人間として、ITの力によって展示会産業そのものをアップデートし、新たな顧客体験(CX)を作り直そうと考えたのです」(石本部長)
「来場しない95%の潜在層」を狙う 2層構造の集客戦略
コロナが収束した後は働き方も変わり、リモートワークも増えた。そんな中、直接の出会いの機会を生み出すリアルなビジネスイベントは、営業を主な事業とするBtoB企業の支持を集めている。在宅勤務が増えた結果、電話で見込み客や取引先にアポイントを取ろうとしても、担当者がオフィスにいないケースが増えてきたからだ。
「新しい間口を獲得するための接点作りが、実質的に難しくなってきました。見込み客が集まるイベントに自ら足を運び、商売の機会を作り出す重要性が増してきたのです」(石本部長)
結果、ビジネスイベントを主催しようとするプレーヤーが格段に増えたという。
「私たちは年間50本以上のイベントを開催しています。ですがClimbersを含め、実際の来場者は日本の就労人口の5%にも満たないでしょう。次のビジネスを生むための行動を必要としていながら、従来の専門的なセミナーには足を運ばない『残りの95%の潜在層』が存在します。ここをいかに開拓するかが勝負なのです」(石本部長)
Climbers は、イベントに来場しない95%の潜在層に向けて、ビジネスイベントの体験価値を伝えるエントリーモデルであり、Eightのブランドを訴求するフラッグシップイベントと位置付けている。
Climbersで「明日からのマインドセット」を変えるきっかけを提供し、そこからDX、HR(人的資源)、CX(顧客体験)といった、より専門的なバーティカル(垂直型)イベントへと誘導する。この「認知・啓発」から「専門特化」へとつなぐ2層構造のマーケティングこそが、Eightの仕掛けるコミュニティ戦略の骨格だ。
6月に開催した「Climbers X 2026」と同日にはHR領域の大型イベント「BEYOND FORUM 2026」を併催し、7月にはClimbersのライブ映像をオンラインで配信する「Climbers X Week 2026」を開催する。「X」の意味はトランスフォーメーション、クロスインダストリー、越境など「分野を乗りこえて行こう」という意味を込めた。
石本部長は「イベントに一度に参加してもらえれば、行ってよかったと感じてもらえる自信があります」と胸を張る。イベントの広告を出すことよりも「参加してもらったことのある知り合いから『Climbersはぜひ行ったほうがいいよ』と伝えてもらうことが大事」だと話し、参加者の口コミを重要視しているという。
参加者の満足度を上げるためには、登壇者の話す内容がカギとなる。「登壇者の人選については、知名度や人気者であることは本質的ではないと考えています。Climbersに参加して、明日からの行動をどう変えていくか。マインドセットを提供することに体験価値があるからです」
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