地方自治体の構造改革にオープンソースは寄与するか――兵庫県洲本市の事例

6月2日から4日まで開催される「LinuxWorld Expo/Tokyo 2004」のセッションでは、兵庫県洲本市が進める先進的な地方自治体のモデルが示された。住民がITによるメリットを享受するために、オープンソースと地方自治体がどのように向き合っていくことが求められているのだろうか。

» 2004年06月03日 00時55分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 6月2日から4日まで開催される「LinuxWorld Expo/Tokyo 2004」。そこで開催されるセッションのなかに、「地方自治体におけるITの選択について」と題し、これまで洲本市が取り組んできたIT政策を振り返りながら、将来的な地方自治体のあり方について検討するセッションがあった。講演者は兵庫県洲本市市役所情報製作部情報政策課主事の吉川昌孝氏。

吉川氏 「兵庫は日本の縮図、洲本市は兵庫の縮図と言われることがある。洲本市が抱える悩みは同じような規模の自治体も持っているはず」と吉川氏

すべては地域の情報基盤の整備から

 洲本市は、淡路島南部に位置し、人口は約4万2000人程度の市である。産業構造が変化し、市民の高齢化が進む同市では、情報通信企業の経営者という前身を持つ中川啓一氏が市長に就任したころから、「地域情報化」をキーワードとしたまちづくりを進めてきていた。

 同市では、まず、地域情報化プロジェクト(第1期:平成7年〜11年)として次のような「情報」を伝達するインフラ周りの整備を図った(カッコ内はかかった費用)。

  • ケーブルテレビ施設の整備(35億)
  • 庁内LAN(災害システム)の構築(7.2億)
  • 地域コミュニティネットワークシステムの構築(2.3億)

 これらは巨額の費用を必要としているため、市単体で実現可能なものではない。同市では、当時の自治省などが進めていた「まちづくり特別対策事業・辺地事業」などから援助を受ける形でこれらのプロジェクトを進めていった。

 その後実施された地域情報化プロジェクト(第2期:平成12年〜15年)では、学校・公民館のインターネット接続、洲本市に隣接する五色町との公共施設ネットワーク整備、各種市民団体活動促進支援システムの開発などが行われている。この段階で、catvインターネットサービスも開始している。

「まだ世間がISDNで盛り上がっていたころに、その2倍近いスピードを半額の料金で提供していた」(吉川氏)

 そして平成15年度には、これまで培ってきた強力なインフラを武器に、政府が打ち出した構造改革特区への申請を行い、「ITベンチャー育成特区」の認定を取得した。

 この結果、許可のない者が通信網を貸与することはできないという通信事業法の規制が緩和され、光ファイバなどの電気通信回線設備のうち、現在利用予定のない分(ダークファイバ)を民間事業者に対し卸電気通信役務として提供可能となった。

 同市では光ファイバ網が無料で利用できる「第1ITベンチャー育成センター」「第2IT育成センター」といった2つのビルを用意するなどし、ベンチャー企業が光ファイバ網を無料で活用できる体制を整え、ITによる市の活性化を図ろうとしている。雇用・産業面から見れば、ベンチャー企業の誘致、育成を図ることで、新規雇用の創出なども期待される。

 また、この認定を受けて、同年7月には「OSCA(Open Source Community in Awaji)プロジェクト」を発足している。同プロジェクトは、NTT西日本、日本IBM、富士通、三洋電機、ゼンド・オープンシステムズなど20社以上の企業も参加し、ITの利便を市民が直接享受できるモデルの構築を検討している。こうしたプロジェクトにより、オープンソースの活用など最新のIT技術が惜しみなく注がれているのが洲本市だ。

オープンソースをどのように導入してきたか

 同市がオープンソースを導入したのは、ケーブルテレビネットワークのDNS、メールサーバ部分からだった。

 これらのサーバはそれまで、Windows NT 4.0を使って構築されていた。当初は500人程度の利用を想定してシステムが作られていたが、利用者が500、1000、2000人と増えるにつれ、それらのサーバが頻繁にダウンするようになったという。

 このため、利用者数の急増と安定性の問題を解決できる案を模索していたときに、BINDやqmailなどオープンソースソフトウェアで代替できるのではないかという結論に至ったという。

「実際、オープンソースを導入してから、これらのサーバは2年間一度もダウンすることがなかった。これまでの現状を見ているだけに、信じられない思いだった」と吉川氏は回顧する。

 こうしたエッジ部分での実績から次に同市がオープンソースを採用したのは、災害情報システムサーバの部分だ。ここではLinux、Apache、PostgreSQL、PHPを使ってシステムが構築されており、消防庁で使われているパッケージをカスタマイズしたものを使っているという。

 このほか、各種市民団体活動促進支援システムもPHPで構築されているという。こちらは、WebブラウザからHPを作成するためのもので、「こうした市民団体を引っ張っていく方は比較的高齢の方も多く、簡単な操作性が求められている」(吉川氏)

 また、第1期地域情報化プロジェクトで構築した庁内LANシステムが老朽化したことにともない、自治体ならではの問題も生じてきたと話す。

 自治体では、関係各所から毎日のように大量の文書が集まってくる。しかもそれらは統一されたフォーマットではなく、Wordのファイルであったり、一太郎であったりする。また、同じWordでもバージョンが異なることもあるため、結果的に自治体のほうでもそうしたバージョンを購入せざるを得ない状況がある。コスト面での負担は大きい。

 現在では、約280台のクライアントPCをWindows XP ProとFedora Core 1のデュアルブートとし、オフィススイートにはOpenOffice.orgを採用、これまでの各システムはWebブラウザ経由で利用可能にするなど、庁内LANシステムの再構築も進めているところだという。

 これらを総合すると、同市ではオープンソースを採用することが目的ではなく、オープンなシステムのためにオープンソースも選択肢に入っているというのが正しいのかもしれない。同市では今後、実施したIT施策が果たして有効に活用されているのか、もっと有効に活用する方法はないのかを客観的に評価できる方法を検討する必要があるとしている。

 なお、今回のセッションでは、主に洲本市が進める構造改革の点がクローズアップされたため、オープンソースを導入したことでのコスト面でのメリットなど、詳細な部分については語られることはなかった。

地方自治体が進める新たなモデルとは?

 吉川氏は、地方自治の現状を次のように分析する。

「電子政府の実現などとはいうが、実際に現時点で実現できているのは、LGWANや住基ネットなどの部分にとどまっているのが現状。そのために作られたインフラに見合わないデータ量となっている。本当に市民生活に役立つITとは何かを考えれば、こんなものならいらないと思う。むしろ、IT技術を享受することで、住民が「豊か」「安全」「便利」を市民生活で感じられるようにならなければ意味がない」

 また、地方自治体にとって、地方分権はメリットだけではない。自治体の合併、それによる議員の削減、また、行財政改革などさまざまな要因が合わさることで、「自治体のリストラ」とでもいうべき構造改革が求められている。

「地方分権が進むことはいいことだが、現実的には、仕事は地方に降ってきても、お金は降ってこないという状態。限られた財政のため、人員を増強することが難しいため、ITによる作業の効率化などが求められる」と同氏は話す。

 しかし、このことが住民へのサービスの質・量の低下を許容するわけではない。そうした中で今後、ITを単なる行政サービスとして活用するのではなく、市民がその恩恵を実感できるようにするために、議員、地場の民間企業、住民、NPO、ボランティア団体が協働していくことを進めることが必要で、洲本市を始め、比較的先進的といわれる地方自治体では積極的に取り組んでいるとし、講演を締めくくった。

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