「ユビキタスへの進出も」選球眼を持って脱皮を図る日本SGI

日本SGIが持っているのは選球眼であり、箱(サーバ)ではない。日本SGIはかつてのハードウェアベンダーとしてのポジションからその舵を大きく切っている。日本SGIはどこに向かおうとしているのか、日本SGI代表取締役社長 CEOの和泉法夫氏に話を聞いた。

» 2004年07月05日 23時09分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 日本SGIが持っているのは選球眼であり、箱(サーバ)ではない。一部で日本SGIがかつてのハードウェアベンダーとしてのポジションからその舵を大きく切っていることに対して、アイデンティティの欠落であるとする声がある。日本SGIはどこに向かおうとしているのか、日本SGI代表取締役社長 CEOの和泉法夫氏に話を聞いた。

和泉氏 和泉氏。上場の可能性はとの質問には「このシフトが完全に終わらないと難しいでしょうね。企業規模から言えば新興のベンチャーが上場するのとは少し違う」と話す

馴染めないと思いますよ、もうSGIではないんですから

「(日本SGIの新しい方向性に)すぐには馴染めないと思いますよ、もうSGIではないんですから。日本SGIは日本SGIなのです。米SGIはテクノロジーを追及するハードウェアベンダーであって、日本SGIは彼らのハードウェアをイクスクルーシブ(独占的)に買う。しかし、私たちにとってそれらはone of themでしかない。名前が重いのでは? と聞かれることもあるが、ブランドとしてはそれなりに価値のあるもの」(和泉氏)

 米SGIとの関係を上記のように表現する和泉氏。それなりに一世を風靡したハードを持っていた企業のトップの言葉としては意外なものだ。

「時代ですよ。かつてのSGIを知る人間が『SGI製品を導入せよ』と声を出したところで、現場の人間の反発があることは間違いない。企業規模で考えれば、米100%子会社からそうでなくなった例はあまりない。壮大な実験をやっている気持ちです」(和泉氏)

 日本SGIが仮に箱売りのビジネスを続けたとしても、それで喜ぶのは米SGIだけであって、日本市場にフィットした戦略や大ヒットする製品が生まれるわけではない。しかも、SGIは伝統的にビジュアライゼーションの分野で強い企業だが、そうした技術は自社のハードをコアとして、という条件付きで、米SGIだけに依存していたらどうしようもなくなってしまう。

「日本SGIは米SGIがリーダーシップを失ったとしても、もし世の中でNVIDIAが一番よいものであれば、自社のエンジニアがそれを証明してみせる。OpenGLを詳しい人間を並べていくと、多分打ちのエンジニアが上位を占めるだろう」(和泉氏)

 つまり、これらが意味しているのは、日本SGIはソリューションを追求する企業へと変貌を遂げつつあるということである。グラフィック関連をそのコアコンピタンスとし、可視化技術を使って何らかのビジネスを考えている顧客に対して、日本SGIに頼むことがベストであると理解してもらうことを狙いとしている。

 しかし、ことネットワークの分野に関しては、グラフィック分野での強力な立場とは少し勝手が異なる。だからこそ米SGIも、ネットワークの分野に関しては声高に自社の優位性を発言することは少なくなった。この点でもグラフィック分野と同様の強みはあるのだろうか?

 日本SGIは、有線ブロードネットワークスの初期のシステム構築を手がけていたほか、NTTコミュニケーションズが買収した米ISP大手「ベリオ」の国内ネットワークをサポートするなど、マルチメディア関連のネットワークにも強みを見せている。こうした実績から世の中に存在するいい『ビデオポンプ』を日本SGIなら見極められますよ、ということなのだろう。しかし、それらのシステムでSGI製品が使われているかといえば、必ずしもそうではない。むしろ、まったく入っていないこともあるという。

「ソリューションを日本語にすると問題解決ですよね。顧客は目的としてハードを買うわけではなく、業務またはビジネスをするためにハードを買っているのです。目的と手段をごちゃ混ぜにすることなく、顧客にとって最適な組み合わせを提案できるのはうちだけだと考えています」(和泉氏)

 SGIの現状の製品ラインで最も利益が期待できるのは、Linuxスーパーコンピュータ向けの「Altix」シリーズである。IDCの調査では、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)でIA64搭載のLinuxシステムの分野で「Altix」シリーズは50%を越えるシェアを持っている。この部分で好調な売れ行きを示すならば、SGIは独自にOSやプロセッサ技術へ大きな投資をせずに済むようになるだろう。

 和泉氏はこの分野を「レガシー」と呼んでいる。同氏は「古いもの、という意味ではなく、守っていかなければいけないという意味のレガシー」と話す。箱売りというかつてのSGIの名残はここに収束されていくのだといえる。

今後の日本SGIを左右する双璧

 では、レガシーでないソリューションベースの方向性は、どこに目を向けたものになっているか。和泉氏は日本SGIの当面の方向性を担うものとして「ViewRanger」、「ST」(Sensibility Technology)を双璧として挙げる。

「実際には、大規模サーバを売るほうが利益率が低いビジネスといえる。IA64サーバはインテルが儲かるだけ。自社製品のほうが利益率が高い」(和泉氏)

 つまり、リスクはあるが、利益率の高い自社製品も扱うことで、レガシーなものへの依存度を下げようとしているのだ。日本SGIがラッキーなのは、ハードウェアのベンダーを株主に持つことで、それらと協力関係を結びながら事業を展開していくことができることだ。しかも、同社はベンチャーとの共同開発にも積極的である。ハードは小回りの利くものを、そしてソフトは特徴のあるものを市場に提供しつつある。後述するViewRangerにしても、実際にはNetBSDに関するノウハウを多く持つベンチャー企業との共同開発だ。

「ViewRangerやSTだけでなく、裸眼立体視などもグローバル展開は意外と速いかもしれない」(和泉氏)

 ViewRangerの発表後、同社には多くの反響が寄せられているという。個人ユーザーからの問い合わせも多く、それらのユーザー向けにどこかのSIerと組んで販売していくことも想定しているというが、目下想定しているのは業務用だ。同社では、ViewRangerを2年間で10万台販売する予定であるとしている。

「2年で10万台というと、コンサバな数字に聞こえるかもしれないが、売り上げにすると100億円にも達する。日本SGIの規模からすれば大きな数字」(和泉氏)

 また、ViewRangerは分かりやすく監視カメラというスタンスをとっているが、実際はNetBSDを搭載したマイクロサーバだ。音声が双方向で取り扱い可能なほか、温度センサーなども備えるなど、利用範囲を監視カメラに限定しない使い方も想定される。しかも、こうしたた形状でのみ販売していく必要はどこにもない。これだけ小さな基盤であれば、ガワを取り払い、基盤を家電など違う製品に組み込むことも可能となる。

「すでに初期ロットの製品は実験導入が始まっているが、私たちが想定していなかったアイデアがユーザーの方から出てきていることもある。また、近いうちに、組み込み型のもっと面白い形の製品が世に出てくるだろう」(和泉氏)

 ViewRangerに関して言えば、米SGIが関与していないという意味で日本SGI独自の製品であり、米SGIには製品の詳細をまだ知らせていないという。近く伝えるということだが、米SGIの方向性とは大きく異なるこの製品は相当の驚きを以って迎えられることは想像に難くなく、和泉氏も説明のための補足材料を揃えておきたいところであろう。

 その材料の一つが、7月に入って発表された「IPv6対応の監視カメラソリューション」だ(7月1日の記事参照)。ViewRangerをNTTコミュニケーションズのIPv6サービスに接続して、高度でセキュアな監視機能を実現する「ユビキタスマイクロサーバ」として位置づけることを狙いとしている。

「NETWORLD + INTEROP 2004 TOKYO」のNTT Comブースで参考出品されていたViewRanger

 例えば、ATMに設置されたViewRangerがハッキングされるとどうなるか。暗証番号を入力する部分が克明に映し出されている映像が第3者でも見れてしまっては監視カメラとしての意義は大きく損なわれる。個人情報保護の観点から考えても、致命的な問題だろう。発表されたソリューションではIPv6を使ってセキュアなネットワークを手軽に構築できることになる。

 日本SGIでは、NTTコミュニケーションズが「モノ-to-モノ」(m2m)の安全な通信のために開発した通信プロトコル「m2m-x」に基づき、IPv6対応を開発することで、前述のユビキタスサーバとして追い風にしようとしているといえる。

「IPv6で家電ともがつながることで、リモートで開錠・施錠ができる、エアコンの温度調節ができます、などいろいろとメリットが提示されているが、では、それが他人に使われないということはどう保障されているか? こういった点でIPv6のセキュリティは必須になる。しかし、IPv6、IPv6とだけ話していても、分かりにくい部分がある。アプリケーションがないのに、IPv6にしても仕方がない。ならば、何のために使うか、実際にどう使うかといったことを、現状でIPv6への対応をグローバルに進めているNTTコミュニケーションとの具体的なソリューションとして見せていきたい」(和泉氏)

 現状では、実際の製品が開発段階のため協力と銘打っているが、実際の製品・ソリューションが出てくれば協力以上のスタンスに発展することは明白であろう。

先行者メリットは選球眼の良さに

 それでも同社は大規模サーバの販売から手を引くことはないだろう。それは、米SGIの意向ももちろんあるが、ハードウェアを売ることで儲けようというのではなく、むしろ先物買いの意味合いが強い。

 例えば、日本SGIは京都大学化学研究所(ICR)と協力し、バイオ関連の各種公共DBをインハウスに取り込み常に最新の状態に更新させる「BioSerendip」(バイオセレンディップ)を開発するなどしている。バイオ関連統合データベース検索システム「DBGET」に、周辺のサービスを取り揃え、インテグレーションおよびそのサポートを日本SGIが手がけている。

 こうした独立行政法人からの成果物というのは、特にその初期段階においては、成果物を開発した研究機関のノウハウがないと実用に足るものとはならない。研究機関に同社のサーバを入れさせることで、先進的な開発現場に関与する。そして、研究成果を世に出そうとする段階で、ソリューションとして提案する。このあたり、上流を押さえようという日本SGIの巧みな戦略が見え隠れする。

「ものづくりはやったことがないから、どこかと組む。私たちの強みはデザイン力。この業界で先行者メリットがあるとしたらそこでしょう。選球眼とでもいうべきものを先行者として養えたと思っている」(和泉氏)

 思い返せば、日本SGIは時代を先取りしすぎた製品やビジョンが散見され、ある意味では世の流れにうまく乗れていない部分があった。しかし、回転を緩やかにして、時代のサイクルに合わせることで、そうした時代に目をつけた技術などが花開いてきている。

 和泉氏の話を聞いていくと、2年ほどの時間はかかったが、ようやく外資系ハードウェアベンダーの100%子会社という姿から脱却を始めたということができる。箱売りの世界はコモディティ化し、利幅も小さくなっている中、背伸びするでもなく着実にそこからの脱皮を図る日本SGIと和泉氏の手腕は注目する価値がある。

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