総論:RFID報道の大間違いを正す月刊コンピュートピアから転載(1/3 ページ)

「今様の事どもの珍しきを、言ひ広めもてなすこそ、又うけられね」これは吉田兼好が『徒然草』(第78段)に書いた文章である。意訳すると「流行ものばかりを吹聴して回る奴ってのは、いやだね」ということだ。RFIDに関する報道には疑問点はないのか、検証する。

» 2004年10月12日 00時00分 公開
[土屋晴仁,月刊コンピュートピア]

この記事は月刊コンピュートピア6月号から許可を得て転載しています。

 「今様の事どもの珍しきを、言ひ広めもてなすこそ、又うけられね」これは吉田兼好が『徒然草』(第78段)に書いた文章である。意訳すると「流行ものばかりを吹聴して回る奴ってのは、いやだね」ということだ。

 この後にくる文章はもっと手厳しい。意訳すると、「物の名前なんかを、知っているものだけが言い交わしたり、笑ったりして、知らない人を困惑させる。無教養でゲスな奴ほどそういうことをするもんだ」とある。

 今から670 年くらい前に書かれたものだが、古びた印象はない。さしずめ今なら、「RFID」をめぐって「業界関係者」たちが訳知り顔になにやら盛り上がっている風景が浮かぶ。その座の取り持ち役のように振舞っている軽薄才子が、IT ジャーナリズムやIT コンサルタントだ。IT 業界が「データプロセッシング業界」と呼ばれていた昔から、時々の流行を追い掛け回してきた。末席には自分もいる。

 自戒を含めて言うのだが、内輪受けのような話で盛り上がるのもそろそろ止めた方がいい。でないと、だれも話を聞いてくれなくなる。RFIDを話題にするなら、きちんと世間に向かって知らせるべきことを報じ、問うべきことを論じねばならない。そうやって自分たちの存在価値を判断してもらうべき時がきたように思う。根拠はないが、日本のITジャーナリズムの見識と品性が、どうも世界中から疑われている気がしてならない。われわれは、RFIDについて何をどこまで伝えているのだろう?

官民あげての「RFID」イケイケ行進曲

 RFIDがかくも話題になっている原因は、官が「e-Japan戦略」の笛を吹いたからにほかならない。官は例によって一方で米国(米軍やWal-Mart)の動向を「黒船襲来」風に言い立て、他方で補助金のエサを撒き、「これぞIT立国のカギである」と宣伝した。

 さらに「2010年には9〜31兆円市場になる」との予測も添えた。呆れるほど幅を持たせている。狂牛病問題さえも利用して「RFID のキモはトレーサビリティ技術である」と理屈をつけた。どうやらこの辺りからミスリードが始まっている。そしてIT ジャーナリズムは、この理屈を鵜呑みすることで「みすみす」リードされた。

 官のいう「トレーサビリティ」とは何ぞや? 意味を問うているのではない、意義を問いたいのである。RFID で狂牛病がなくなり、吉野家の牛丼が復活するということか?

 それとも、犠牲者が出てから犯人探しをする技術なのか? 普通に考えると、消費者はトレーに入った牛肉を買い、タグごとラップをひっぱがして……捨てる。これでどうやってトレースするのか。店のPOSレジを過ぎてから後の「トレース」はどうなっているのか。

 また、果物の箱に付けるなんて発想も妙である。青果類は共同選果場で見た目をそろえて箱詰めされて出荷される。市場でまた混載されたりする。トレースしようもないし、「農業・山田一郎52歳が、これこれの土壌品質で、こういう施肥で作りました」なんていう情報を、消費者が求め、理解して購入の目安にするなどというのは、ごく限られた流通ルートでのことだ。

 経産省や総務省がやるなら、と農水省も国土省もあれこれの開発テーマを挙げて予算取りに走った。そして官の御用達とあれば、何でもありがたがるIT企業がそれに群がった。この連中は、「コンセプトがおかしい」とか「こんな開発実験は意味がない」などと言い立てることは決してしない。与えられたテーマが曖昧でも、欲張り過ぎでも、逆に喜ぶ習性がある。「課題」が多いほど来期以降の受注に繋がるかもしれないからだ。そして、手っ取り早くカタチに残せそうな「実証実験」なるものに取り掛かる。

「大根タグ」実証実験で何がわかったのか?

 ベンダー企業と商社やスーパーなどが組んで行う「RFID実証実験」が大流行だ。中には、大根にタグをつけて見せたりする。そんな単価の安いものに、しかも水分たっぷりの商品に、なんでICタグをつけるのかがわからない。タグの情報は先に書いた「農業・山田一郎52歳、うんぬん」だ。すべては政治的デモンストレーションに見える。

 その実験の総括もお粗末だ。「消費者が興味を持ってくれて売り上げがあがった」なんて話はご愛嬌としても、本当にビジネスに取り込む価値があったのか、技術的にゴー/ストップが見極められたのかがさっぱりわからない。

 あれだけ言いふらしながらお茶を濁した総括しか出てこない。それなのに、今度は無線周波数をUHF帯にしてまた実験をやるという。前の実験はなんだったのだ? 今度の実験も怪しいところがいっぱいある。ターゲット商品にはでかいアンテナを十字架に張り、これをたくさん小箱に入れ、さらにパレットに載せて複数個のRFID 読み取りをするという。

 ということは、やっぱり前の方法では無理だったのだ。でも、だれがあんなでかいアンテナを袋に張ったポテトチップスを買うのか。こんなレベルの実験なら何回繰り返しても実用化にはつながらない。研究助成に税金が使われているだけに腹が立つ。だが、業界誌に出るのは、どれもニュースリリースの丸写しとおざなりな取材の金太郎飴記事だけ。「くだらねえ!」と言ったものはだれもいない。

「タグ付き本」も悲惨なアイデアのひとつ

 モノにタグを付けるアイデアは、あらゆる業界から生まれている。だが、そのメリットとリスクをちゃんと論ずることが少ない。もちろん、中には悪くないものもある。オムロンは回転寿司の皿に着目した。日立製作所は愛知万博の入場券にゴマ粒チップを売り込んだ。JR 東日本はSuica の機能を携帯電話に持たせることにした。NEC は機器・資材の棚卸資産管理に使う「企業内限定」の用途を提案した。

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