ウェアラブル・コンピューティング最前線――今何が求められているか

ウェアラブル・コンピューティングはもはや現実のものとして存在している。建設工事事業で使われる「RiskRanger」によってこれまでと何が変わるのだろうか。

» 2005年03月27日 04時31分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 日本SGIが2004年6月に発表した「ViewRanger」は、小型にして軽量なマイクロサーバ(関連記事参照)。さまざなな通信手段に対応しているほか、カメラを接続することが可能なため、監視カメラとしてのソリューションはすでにいくつか紹介してきた(関連記事参照)

 しかし、ユーザーのニーズは、この製品を監視カメラ用途で終わらせてはくれなかった。これだけ小さなものなら、身につけて安全・防災に役立てよう――とウェアラブルな使用法に価値を見いだすユーザーも現れてきたのだ。それが今回紹介する「RiskRanger」「RiskRecorder」である。この製品について日本SGI第二事業本部執行役員本部長の日浦武仁氏に聞いた。

日浦武仁氏 「映像を含め、情報をセンシングしていくニーズは強い」と日浦氏

RiskRangerとは?

 「RiskRanger」「RiskRecorder」はViewRangerをベースとしており、日本SGIが大明および大明の100%出資子会社のIPテクノサービスと共同開発して生まれた製品。大明はNTTグループを中心に光ファイバー網の敷設や移動通信ネットワークの構築・保守サポートを中核とした建設工事事業を展開しており、鉄塔など高所での危険作業も多い。2005年2月からこの製品を試験的に導入している。

 両製品の違いは、CF(コンパクト・フラッシュ)カードスロットをどう使うかという点。RiskRangerは無線LANカードなどを装着し、有線/無線を問わない通信経路を確保しようとする製品、つまりデータを外部に保存することを前提としている。一方、RiskRecorderはCFカードを装着し、そこに映像・音声を保存することを想定している。これらの製品に、小型CCDカメラ、マイクとイヤフォン付のヘッドセット、バッテリーを加えたものが1セットと考えればよい。バッテリーと本体は腰のベルトに、そこから伸びたコードはヘルメットや専用キャップに装着された小型CCDに接続される。また、作業者の視線と映像が重なるよう、カメラにはレーザーポインタも搭載されている。

RiskRangerを装着したところ。腰のベルトにRiskRangerとバッテリーが専用のポーチに包まれて装着されている。そこから伸びたコードはヘルメットに装着された小型CCDカメラにつながっている(クリックで拡大)

頭部のカメラ。写真では確認しづらいかもしれないが、カメラが起動していると赤色のLEDが点灯するようになっている。作業員のプライバシー対策の一環だ(クリックで拡大)

 この製品については、「危険な作業の遠隔監視や指示に利用する」ことばかりが報道されがちである。同製品を装着した新米のエンジニアを現場に向かわせ、遠隔地からベテランが映像を見ながら指示を出す、といった用途である。もちろん、こうした利用法もあるだろうが実際にはもう2つの重要なポイントがある。そこについて触れていこう。

意識改革

 1つ目のポイントは意識改革である。程度の差こそあれ、工事現場において安全確認が重要であることは言うまでもない。しかし、作業に対する「慣れ」がそうした行為をおろそかにしてしまう。スキーなどでも少し慣れたころが一番危険な時期、といわれるのと同じだ。だからこそ、工事現場のような場所では、どこへいっても安全に注意するよう書かれた看板などを設置し、作業員に注意の喚起を促しているが、いまひとつ効果が薄い。

 しかし、作業中の映像や音声が管理・保存できることで、例えば、それまで半ば慣例でやっていた指さし呼称時などが、「やらなければ」という意識に変わってくることになる。

 もちろん、「やらされている感」が先行してしまっては何の意味もない。そのため、安全に対する重要性をまずは説いていく必要がある。そうなると、説明する側にもしっかりとした安全意識が求められる。それが全体の意識改革につながっていくのである。

 とはいえ、現場の従業員からすれば、このような製品を身につけることは、プライバシーの侵害にならないかという気持ちもあるだろう。四六時中見張られているような感覚に陥るかもしれない。こうした従業員の懸念に対し、目的が「監視」ではないことを明確にするため、従業員側で電源のオン/オフが可能なほか、映像を録画している際はカメラ部のLEDが点灯して一目で分かるようになっている。

リスクマネジメント

 2つ目のポイントは、経営層にとっての深刻な悩みであるリスクマネジメントに関する部分である。

 工事で注意しなければならないのは、その工事が本当に作業手順書に従った形で行われたかどうか。つまり、何か問題が発生したときに、施工主に落ち度はなかったかを第三者に証明する必要がある。

 現状では、作業手順書に報告資料として写真などを添付することが一般的だが、作業中の映像や音声を保存できれば、それを見せるほうがはるかに有効である。また、問題発生時の原因究明にも映像などがあるほうが便利である。

 大明でも、そうしたデータ保存のためのインフラ構築までを含めたソリューションを考えているようだ。データ容量の問題などもあり、今のところは作業上ポイントとなる部分の保存を想定しているようだ。しかし、遠からず施工業者はリスクマネジメントに対して今以上に注目せざるを得なくなるだろう。そうした状況に備え、フライトレコーダーのように施工中の映像や音声をすべて保存する方向性も検討されてくるだろう。

 ウェアラブル・コンピューティングは、ハードとしてはすでに実現可能な状態である。実際のところ、RiskRangerと同等の機能を備えた製品は、すでに市場に存在している。しかし、いずれの製品も非常に高額な製品で、100万円単位のものも多い。それをRiskRangerでは、一気に10万から20万のレンジにまで価格帯を落としている。少なからぬ現場の従業員に装着させようという製品が高額だったことも、これまで普及しなかった一因である。その意味では、経営層からすればようやく検討のテーブルに載せるレベルに達したといえるかもしれない。

 また、こうしたウェアラブルな製品の用途は建設工事事業にとどまらない。少し見方を変えれば、防災などの分野でも利用できるはずだ。RiskRangerはサーモカメラや赤外線カメラなどの利用も可能なため、その用途はさらに広がる。災害現場でRiskRangerのような製品を装着したレスキュー隊が、現場の詳細な状況を伝えることで、復旧への助けとなることは間違いない。

 結局のところ、ウェアラブル・コンピューティングで今求められているのは、具体的にそれを使って何をするかというビジョンの部分であり、そうしたビジョンの1つがRiskRangerだといえるだろう。

 「今までのように人間がシステムに合わせるのではなく、システムが人間に合わせるようなものを提供していかなければ今後は受け入れられない」(日浦氏)

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