コラム
» 2005年11月25日 11時25分 公開

その音源は誰のもの? ポッドキャストが投げかけるネットリテラシー(2/2 ページ)

[森川拓男,ITmedia]
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 しかし、くだんの歌手の公開録音においては、そのルールが破られた。公開録音の内容が放送前にネット上に流れてしまったのである。もちろん、放送されていないのだから、現場で無断録音されたものだろう。たいていのイベントは無断録音や撮影を禁じているのだから。最近ではケータイでの写真撮影はおろか録音、動画の撮影も可能なため、犯罪の意識ナシにやってしまうのだろう。リテラシーが問われている。

 確かに、参加できないファンにとってはうれしいし、ネット上に流した本人は、神扱いされたのかもしれない。しかし、神は神でも疫病神だった。

 事前にネット上に流れてしまったことを受けて、結果的にその収録は放送できなくなってしまったのだ。

 イベントに参加できた人やネットに流れた音源を聞けた人はよいかもしれない。しかし、数多くのラジオ放送を待っていたファンは、その放送を聴く機会を永久に失ったのだ。それだけではない。その公開録音に携わった人々や、スポンサー、放送局などにも多大な損害を被らせたことになる。

 この件以外にも、あるタレントが行っていたファンと触れ合うイベントがネット上に流れてしまったため、イベントそのものを続けることが困難になったという事例もあるという。せっかく、タレントを身近に感じることが可能なイベントに参加しながら、それを不用意に公開してしまったがために、その後のイベント機会が減ってしまう。ファンが自分で自分の首を絞めているのだ。

 ポッドキャスティングの安易な流行は、この手の問題を続発させることにもなりかねないことに注意すべきだ。

情報発信者としての意識

 ネット上では誰しもが情報発信者になれる。ポッドキャスティングは、その可能性をさらに広げることができる魅力的なツールだ。しかし、発信するということは、常に“責任”を負わなくてはならない。

 ブログでは、記事の引用で記事を書く、といったことが行われる。それ自体は、引用の範囲であれば問題はないだろう。ただ、それが音声や動画となると話は別だ。自分が作ったものを自分で公開する分には問題ないが、たとえ自分が演奏したり歌ったりしたものであっても、それが他人の著作物であれば、その著作権者の許諾を得ないと利用できない。ポッドキャスティングが流行するきっかけとなったともいえるネットラジオでは、その点の注意事項が明記されているが、ブログで公開できるようになるとその意識が低下してしまうのが否めない。しかし、流れたら録音しない限り消えてしまうネットラジオと違って、ファイルをアップロードして残しておく形のブログでは、より問題が大きくなりかねない。

 ポッドキャスティングを楽しむためにも、自分が情報発信者であるという意識を忘れずに、その音源は自分が流していいものかどうか、誰かの権利を侵害していないかなどということに注意すること。

 その上で、フリー素材や、著作権者に許可をとった素材を活用してポッドキャスティングを行うことは、新たな自己表現の形として定着していくだろう。

 今後、ブログとポッドキャスティングの融合がどのような方向に向かうのか、注目していきたい。

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