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» 2006年09月08日 12時00分 公開

Focus on People:2人の「お婆さんハッカー」にインタビュー(後編) (2/3)

[Joe-Barr,Open Tech Press]
SourceForge.JP Magazine

この世で最悪かつ最も退屈な作業との出会い

―― 工学を選択したことは、ご自分にとって結果的によかったと思いますか?

ベッキー ええ。数学のほか、物理学に取り組みむこともできました。諸科学を修めるのはたいした問題ではありませんでした。ですが、どうしたも耐えられない科目がありました。熱力学を除いて、わたしは工学の学士号を取得するための必修科目をすべて取り終えました。工学部にはU.S. Steelから来た偏屈な老人がいて、蒸気表の演習として熱力学を担当していたのです。蒸気表を引くという課題です。わたしはほとんど自暴自棄になり、うんざりしました。この世で最悪かつ最も退屈な作業でした。やけになって、ただ自分の頭が悪いせいではないことを示すために、大学院の熱力学と物理学を受講しました。それらの講義では優秀な成績を取ることができましたが、学部の熱力学だけは3回受講しても単位が取れなかったのです。

 そのうちに、金銭面の余裕がなくなってきました。自分が何をしたいのかを見極めるという点では絶望的でした。ただ、工学部側がわたしの進路として考えていた土木工学に進む意思がないことは明確でした。熱力学の単位が取れなかったからです。わたしは工学部の研究室で教えるようになり、そこにはXeroxから学びに来ていた研究生が2人いました。彼らは「Xeroxを受けるべきだ。入社したらぜひ一緒に研究をしよう」と誘ってくれました。「働くには素晴らしい会社だし、それに有能な女性がぜひとも必要なんだ。でないと連邦政府からひどい目に遭わされる。連中はすべての事業から手を引くように脅しをかけている。なぜなら、われわれの技術チームには女性が1人もいないからだ」とも言われました。

 そこでわたしはXeroxを訪れ、試験を受けました。Xeroxの社員候補として認めてもらうためのかなり厳しい試験が用意されていました。わたしが訪れたときには、試験会場に150人の男性がいて女性はわたし1人でした。

 2週間後、技術分野の責任者から呼び出しがあり、わたしの前に座った彼はこう言ったのです。「試験ではあなたが最高点だった。あなたを雇わなければならないようだ」と。礼儀知らずにもわたしは「では、お引き受けします」と答えました。

 こうしてXeroxで働くようになり、5年間そこに勤めました。わたしは道具を抱えてコピー機の修理に携わり、苦労しながらフィールドエンジニアリング分野で地位を築き上げました。やがて、上役の管理職によるセクシャルハラスメントが起こりました。残念なことに、彼のいやがらせはと留まるところを知らず、客先の設置現場でもわたしを困らせたのです。そうした状況で彼はわたしを罰しようとしました。

 その時点で、わたしはXerox本社の面々に話をして、法的な効力を持つ話し合いへの参加を申し出ました。基本的に彼らは「君の要求を言いなさい」という姿勢でした。あのひどい職場から出してくれるように頼むと、彼らはわたしの新しい職場の選択権を与えてくれました。ワシントンに行きたかったのですが、そこには空きがなかったので、ボルチモアに赴きました。

 ボルチモアでは、そこで暮らしながらいろいろな学校に通っていたXeroxの友人2人に会いました。その1人とは約1年後に結婚することになります。まだ当時はコネを重んじる風潮があったので、わたしたちは2人とも技術畑では働くことができませんでした。夫は「大学に戻って学位を取りなさい」と言ってくれました。わたしはメリーランドで1年かけてコンピュータサイエンスを学び、すでに取っていた単位と合わせて学士号を取得しました。

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