まずVoIPについてだが、ご存じのとおりアナログ音声をデジタル信号化(コーデック)したものを、IPパケットに乗せて運ぶための技術である。そして、このコーデックの方式には多数の種類があるわけだが、その中でも最も主流と思われるのが、G.711 μ-lawだ。これは、IP電話キャリアの代表といっても過言ではないNTT東西の「ひかり電話」やフュージョン・コミュニケーションズの「IP-Phone」サービスのいずれも、コーデックをG.711 μ-lawのみと定めていることからも明らかである。さらにコーデックだけでなく、ペイロード(データ)間隔も20ミリ秒(ms)のみに限定されている。
このため、音声の消費帯域について、以下にG.711 μ-law、ペイロード間隔20msを例にして説明する。
まず、このコーデックで有線のイーサネット上に展開する場合、音声は218バイトのイーサネットフレームになり、これが20ms間隔で送信されることになるため、1秒間に50パケット送信(片方向)されることになる。したがって、有線のイーサネット上で消費されるVoIPの帯域は、次のような値になる。
しかし、WLAN(IEEE 802.11a/b/g)上に展開する時は、フレームが図1のように肥大化する。
つまり、イーサネット上を流す場合と比較すると、実に50バイト近くフレームが長くなるのだ。そして、1秒間に50個送信されることから、消費帯域(片方向)は次の値となる。
さらに通話には送話と受話があるため、これを倍にすると、有線のイーサネットでは約170kbpsの帯域消費でとどまるのに対し、WLAN上では約209kbps程度と1.2倍ほど余計に消費することになるのだ。
もちろん、今後登場してくる高速無線LAN規格、IEEE 802.11nでは、PPPのIPヘッダ圧縮(CCP)のようなものも実装されてくるだろうが、現在のIEEE 802.11a/b/gでは、レイヤ2レベルでの実効速度の向上施策はなされていない。
IEEE 802.11gがWLANの規格であり、理論値では最高54Mbpsの伝送速度で通信可能な技術であることはすでに周知のことであろう。同様に、IEEE 802.3u(100BASE-TX)が有線イーサネットLAN規格であり、100Mbpsの伝送速度で通信することもよく知られている。
この2つの能力差について、伝送速度差からみて「2倍以上の差はなくなった」と思い込んでいる人が多いようだ。しかし結論を先にいうと、実効速度差は12倍近いものになる。「なぜそんなに差が出るのか?」――こう思った人は、以下を読み進めてほしい。
このような差が生じてしまうのは、全二重通信と半二重通信との違いが最も影響している。
全二重通信とは、上り(送信)下り(受信)が一切干渉することなく同時に通信できる通信方式のことである。一方の半二重通信は、送信中は相手から受信できない、また相手から受信中は送信できない、片側通行の通信である。100Mbpsイーサネット登場以前は、10BASE-Tなどの10Mbpsイーサネットによるネットワークが構築されていたが、この10Mbpsイーサネット主流時の接続装置はシェアード(リピータ)ハブであり、半二重通信方式で動作していた。
これを全二重にするためにスイッチが登場し、さらに伝送速度が10倍の100Mbpsイーサネットが登場してきたのだ。
図2で比較すると分かるが、スイッチでは端末AとCが青色のバスを介して通信している中、赤いバスを介してBとDが通信することも可能であり、まったく衝突が発生しない。一方のシェアードハブでは、1本のバスをすべての端末が共有(シェア)するため、1台が送信を始めると、ほかはすべて受信に努めなければならなくなる。
IEEE 802.11gを、このハブネットワークと重ねて考えると分かりやすいが、誰かが送信を始めると、ほかは受信のみを行わなければならない。つまり、1台のアクセスポイント(以下、AP)配下に収容される端末数が増えるほど、送信したくてもできない、特定の相手の信号を受信したくてもできない、という状況に陥ることは容易に想像できるだろう。
つまり、100Mbpsの有線LAN(100BASE-TX)とIEEE 802.11gとでは伝送速度の差が2倍程度でしかないことになっているが、通信端末が1対1であった場合でも、全二重と半二重の違いにより収容数が増えるほど待ち時間が増え、この差はさらに広がってしまうのだ。
また、電話は全二重通信である。一方が声を発している時に、相手はいつでも声を発して割り込むことができる。もちろん、聞くことに徹していても、何かしらの音が相手に届けられている。VoIPの登場はLANの全二重化があったからこそだと言っても過言ではない。
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