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» 2007年04月24日 07時30分 公開

いくら警告してもセキュリティ対策が進まない理由RSA Conference Japan 2007(2/3 ページ)

[高橋睦美,ITmedia]

「脅す」教育は長続きしない

 私は、従来の災害教育には間違いがあったと思っています。

 教育には3つの種類があります。1つは「脅し」の教育。2つめは「知識」の教育。最後が「理解」の教育です。

 脅しの教育というのは文字通り、「対策しておかなければ、こんなひどいことになりますよ」と脅すやり方です。けれど、怖いという気持ちは長続きしないんですね。自動車教習所で事故の写真を見せられても、帰り道くらいは気を付けるかもしれませんが、翌週にはもう忘れている人が大半でしょう。ですから、脅しで教育するというやり方は、たぶん間違いだと思っています。

 2つめの知識の教育も、無効ではないけれど、必ずしも行動に結び付かないところが課題です。先ほど、人の情報の受け取り方は非対称だという話をしましたが、災害など、リスクに関わる情報というものはどうしてもゆがんで伝わってしまうものなのです。

 例えば大雨の際に、行政側から「1メートルの浸水」という洪水情報を出したとしましょう。出す側ではリスク情報として提供しているつもりなのに、受け取る方では「6〜7メートルの洪水ならば大変だけれど、1メートルならば大丈夫、ああよかった」と考えてしまいます。場合によっては「1メートルならば命は大丈夫だろう、でも家財は心配だ」と都合のいい方に受け取って、かえって避難しなくなる。悪い方に有効に作用してしまうこともあるのです。

 私は、3つめの理解の教育というのが、本当の解決策につながると考えています。「なぜそうしないといけないのか」という、本質的な理解を与えるところまで持っていかなければ、行動を伴った対応に結びつかないでしょう。

 知識を連呼する防災教育には、あまり意味はありません。受け取る側だって、そんなこと十分分かっているんですから。でも、知識を連呼しても効かないから、今度は脅し始める……そうしたやり方はあまり有効ではないと思います。セキュリティ教育も同じことではないでしょうか。

対策しないのにはその人なりのワケがある

 われわれは、避難勧告が出ても避難しない人は防災意識の低い人だ、ととらえがちです。けれどよくよく話を聞いてみると、「避難しない」という結論に至った理由がちゃんとある。われわれからすれば、非難しないというのは最もよくない選択ということになるのですが、その人の尺度の中ではベストチョイスなのです。

 たとえば山奥の村に避難勧告が出たのに、避難しないおばあさんがいたとします。「どうして避難しないの?」と尋ねてみると「考えてみてほしい、もしこの家が流されてしまったら、後はどうやって生きていけばいいの? 思い出が詰まったこの家が流れてしまうならば、一緒に流される方がいい」と言います。つまり、その家にいること――逃げないことが、本人の尺度の中で最もいい選択というわけです。

 だからといって、その人を放っておくことはできません。でもそこで、僕らの論理を振りかざして「何で逃げないんだ」と言ってもだめ。頭ごなしに行動を批判するのではなく、まず相手の尺度を認め、寄り添うことが重要です。その上で、客観視させるために別の見方、第三者の見方を教えるわけです。

 このおばあさんの場合ならば、「おばあさんはそれでよくても、都会に出ている息子さんは心配するでしょう?」と相手の立場で諭す。そうすると納得し、避難することに同意してくれます。ダイレクトに非難しても、反発されるだけです。

 自分の尺度ではなく、相手の尺度に寄り添い、その中で大事な部分に目を移して説得するという方法も、知識を行動につなげていくためのテクニックの1つですね。

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