大規模なコラボレーション活動を成功に導く5つの原則――パート3Magi's View(1/3 ページ)

2回にわたってコラボレーション活動を成功に導く5つの原則を紹介してきた。最終回となる本稿では、参加者相互の協力と集団による創造的な活動について考察してみよう。

» 2008年04月09日 00時30分 公開
[Charles-Leadbeater,Open Tech Press]
SourceForge.JP Magazine

 Linuxの商業的な成功については、そのサポートコミュニティーが既成概念にとらわれない方式でアイデアの創造、共有、試験、廃棄、開発を進めていく方法を自発的に体系化できたためといっても過言ではないだろう。こうしたLinuxを取り巻く活動には、We-Thinkプロジェクトを成功に導く5つの原則を見て取ることができる。そのうち3つの原則は既に説明したので、今回解説するのは最後の2つについてである(前回および前々回の翻訳記事)。

本稿は最近出版された『We-Think: The Power of Mass Creativity』からの抜粋である。

協力

 貢献者がいかに多く集まろうとも、複雑な内容を秩序立った成果とするには参加者相互の協力が不可欠である。例えば百科辞典を作る場合、大勢の寄稿者が無秩序に原稿を執筆すればいいというものではなく、そこに収録される情報を秩序立てて整理しなくてはならない。また多くの人間が参加するゲームやコミュニティーの場合、参加者の行動を統制するルールを全員が承知していない限り、破たんを来すのは必至である。しかしWe-Thinkコミュニティーの場合は、組織としての階級構造や強制力のある規則などは明示的に定められないものであり、そうしたケースではどのようにして自分たち自身を律すればいいのだろうか? これは技術というより統制上の問題とみるべきだろう。We-Thinkが機能するには責任を持った自己統制が成されることが前提となるが、多種多様な人々の集うコミュニティーの場合これは非常に困難な課題である。

 人間の考えが人それぞれ異なるのは価値観の相違に起因するもので、それは何に関心をもっているかの違いにほかならない。例えば芸術的なイメージを通じて世界を見ている人間であれば、絵心を開花させてその種の仕事を生業とする場合が多いだろう。そうではなく物事を数値や金額に換算してみる人間であれば、絵筆の代わりに電卓を握る会計士のような仕事に就く可能性が高いはずだ。そしてイノベーションを行うには芸術家だけでなく会計士の才能も必要なのであり、その道具箱の中には絵筆と電卓の両方を用意しておくべきなのである。

 問題は価値観が根本的に異なる人間同士では、物事を進める上での理由や方法においてもおうおうにして意見が食い違うということだ。イノベーションの達成に考え方の多様性は不可欠だが、何が重要であるかという価値観の相違は些末的な論争を誘発してしまいがちなのである。これはまた、医療や生活保護や社会住宅などの公共事業にかかわる問題がなかなか意見の一致をみない原因ともなっている。

 いずれにせよ雑多な人々の集うコミュニティーにおいて意見の不一致が際立ってしまうと、リソースの配分やゴールの設定についての意見が対立してしまい生産性が損なわれてしまう。例えばエルモア・オストロム教授は、漁業や林業や農業で行われる集団作業が効率的に機能するには、かんがい用水などのリソースを1人で過剰に使用する者を出現させないための当事者たちによる自己統制と内部的な監視機能が必要だということを確認している。当事者たちによる自己統制が機能しないと、集団としての崩壊が始まり創造的な活動は不可能となる。

 We-Thinkの成否は、自己統制の機能するコミュニティーを形成して、不一致面を際立たせることなく多様な知識を最大限に活用できるかにかかっている。それを可能とする唯一の方法は、明確で魅力的な単一のゴールを中心にコミュニティーが結束してさまざまなアイデアの評価と整理をする合理的な方法を確立し、正しい形でリーダーシップを発揮する人材を確保することである。そしてこれは、平等主義的な理念の下で自己統制される民主的な組織と重なるものではない。

 ここでは1つの事例として、ユーザーフレンドリーなLinuxバージョンの1つであるUbuntuの開発を進めているオープンソースコミュニティーを見てみよう。Ubuntuの創始者であるシャトルワース氏は、いわば慈悲深い独裁者という立場にあり、Ubuntu Webサイトのデザインなど一部の案件は同氏の判断のみによって決定されている。そして同コミュニティーのコアを成すのがテクニカルボード(技術委員会)であり、ここでは技術的に統一すべき事項や個々のバージョンでどのような機能を取り込んでいくかをオンラインミーティングで定めている。この委員会による意思決定は透明性とオープン性を旨としており、例えば追加すべき事柄があればUbuntu wikiを通じて誰でも提案できるし、委員会での検討事項は2週間間隔でwikiに掲載され、オンラインミーティングにはオブザーバ資格で誰でも参加できるのである。

 また最終的な決定はシャトルワース氏および同氏の指名する4名の委員会メンバーによって下されるが、この決定についても同コミュニティーで活動する主任プログラマーたちの投票にかけられるようになっているのだ。また別途設けられているUbuntuコミュニティー評議会は組織全体の構成を監視し、新規プロジェクトの立ち上げを始め、ラップトップ専用プログラムといった個別的な機能や各リリースごとの担当チームのリーダーの任命などはこの評議会が統括している。そのほかに各自の国内でのUbuntuの普及を促進するLocal Community(LoCo)チームが、世界各国で設立されている。ソフトウェアコードの開発、変更個所のドキュメント化、アートワークの作成、あるいはそのほかのUbuntuの支援活動に従事するものは、誰でもUbuntuメンバー(Ubuntero)となることができる。2007年中盤の数字として、同コミュニティーのコアメンバーは283名いるとされている。Masters of the Universeという異名でも呼ばれるコア開発者たちこそは最大の責任と権力を有する人々であるが、彼らは独自の評議会を組織して誰がそのメンバーとなるかを決定するようにしているのだ。

 Ubuntuはいまだ完全な成功に至っている訳ではないが、その活動からうかがい知れる教訓とは、創造性を発揮するコミュニティーにとって有効な統制手段は格子細工的な形態を取るということだ。意思決定の過程は高度にオープン化され、検討される議題とその様子は誰でも確認可能で、追加すべきアイデアがあれば誰でも自由に提案できるようにしてある。しかし、ここでの意思決定は、完全な平等を目指した民主的な方式では行われていない。つまり製品としてのUbuntuはオープンソースかもしれないが、それを支えているコミュニティーは自由放任型のオープンエンドな組織ではないのだ。こうしたコミュニティーに1960年代に流行したユートピア的なコミューンを当てはめるのは間違いなのであって、それこそが過去の協同組合的組織では果たせなかった成功を収められる可能性の高い理由なのでもある。

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