「インターネット時代のソフトウェアは、クライアントデバイス向け、サーバ向け、そしてSaaSといった3つの形態が同じくらいコンピューティングの進化をもたらしながら展開されるようになっていく。MSはその3つの市場に柔軟に対応し、ユーザーに選択肢を提供し続けていく」
これからのコンピューティングのありようについて聞かれたゲイツ氏は、とくにMSの主戦場であるソフトウェア市場の今後の動きについてこう答えた。この発言は同社がいま打ち出している「ソフトウェア+サービス」戦略そのものを語ったものでもある。
同氏はこの発言の中で、パソコンだけでなく携帯デバイスや車載端末なども含めたクライアントデバイス市場、企業向けに大きなビジネスがすでに存在しているサーバ市場を丁寧に説明したうえで、SaaSという新しいサービスも1つの選択肢として積極的に提供していくと語った。
表現を換えれば、「MSにとってSaaSはサービスの一形態。ソフトウェアニーズのすべてに柔軟に対応するのがMSの使命」といったところか。ただ、同氏は会見で幾度もSaaSへの取り組みに触れ、最後には「我々にとってSaaSは賭け」といった本音ともとれる発言もあった。
「Googleは多くの国の検索市場で大きなシェアを持っている。しかし、検索技術はこれからどんどん新しいものが出てきて、広告主に対しても選択肢が提供されるようになる。我々はソフトウェア技術によってその競争に挑んでいきたい」
Yahoo!買収を断念したいま、MSはどうやってGoogleを追撃していくつもりなのか、という質問にゲイツ氏はこう答えた。「独立した戦略に集中していく」と宣言したMSにとっては、技術で勝負することを強調した当然のコメントといえる。
ただ、Google追撃やSaaSに関する同氏の発言を聞いていて、筆者は繰り返し出てくる1つの言葉が妙に印象に残った。それは「選択肢」である。なぜ印象に残ったのか。考えてみると、これまで幾度も同氏の話を聞いてきたが、同氏からはほとんど聞いたことのない言葉だったからだ。
選択肢――この言葉をゲイツ氏が繰り返し使ったところに、いまMSの置かれている競合状況が集約されているように感じた。とはいえ、同氏は最後にこう語った。
「競合他社とは検索市場だけでなく、データベースや家庭用ゲーム機、携帯デバイス用ソフトなど、さまざまな市場で熾烈な戦いを繰り広げている。それは素晴らしいことだと思っている」
7月1日以降、会長職にはとどまるものの経営の第一線から身を引くゲイツ氏ならではの発言か。筆者には、後を任せた者たちへの氏一流の“モチベーションの引き継ぎ”のように思えた。おそらく企業人では同氏が、発言の影響力と合わせて世界で一番、記者会見の有効活用法を心得ているのではないか。
まさにMSの“顔”ならではの会見だった。
松岡 功
まつおか・いさお ITジャーナリストとしてビジネス誌やメディアサイトなどに執筆中。1957年生まれ、大阪府出身。電波新聞社、日刊工業新聞社、コンピュータ・ニュース社(現BCN)などを経てフリーに。2003年10月より3年間、『月刊アイティセレクト』(アイティメディア発行)編集長を務める。(有)松岡編集企画 代表。主な著書は『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。
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