米国発世界金融危機とノーベル賞伴大作の「木漏れ日」(1/4 ページ)

先週は下げ止まらない米国の株価と金融危機の連鎖がトップニュースとして話題を独占した。唯一の救いはノーベル物理学賞、化学賞の2つの部門で日本人が受賞した話ぐらいだった。

» 2008年10月14日 12時50分 公開
[伴 大作(ITCジャーナリスト),ITmedia]

 先週は下げ止まらない米国の株価と金融危機の連鎖がトップニュースとして話題を独占した。唯一の救いはノーベル物理学賞、化学賞の2つの部門で日本人が受賞した話ぐらいだった。

 中でも、物理学賞を受賞した南部陽一郎博士は日本が元々得意とする素粒子分野で最も著名な人物のひとりであり、また、1982年には米国で科学者として最高の栄誉とされる米国国家科学賞を授与された。彼がノーベル賞を受賞しないのは、物理学会でも不可思議だと長年いわれていた。それだけに非常に嬉しい知らせであった。

止まらない金融パニック

 米国発の金融危機は相変わらず、下げ止まらない株価で底の見えない恐怖心を招き、一種のパニック相場となってしまっている。最初は単なる投資銀行の破綻であったはずが、結局はCDS(Credit Default Swap)に飛び火した。どこがどれだけの債務を抱えているのか分からない疑心暗鬼がこのような状況を招いた。

 ITmediaの媒体特性上深くは触れないがCDSについて簡単に説明しておこう。CDSは銀行が個人、法人問わず貸し付けた資金にかける保険だ。CDSが破綻に追い込まれた背景は、既に賢明な読者諸氏もご存じの通り、サブプライムローン破綻に端を発している。

 日本の不動産バブルのときは業者間で物件が売買され、実際の流通価格の何倍かの担保価値で評価され、ノンバンクが融資を実行した。ノンバンクが破綻した場合でも担保は何らかの形で存在した。しかし、米国の場合、融資はノンリコースローン(非遡及型融資)という形が一般的で、それらをすべてまとめて証券化するため、担保価値が見えにくい。

 結果的にサブプライムがジャンク扱いとなり、銀行は保険会社に対してCDSで補填することを請求した。これがAIGの破綻だ。

システム取引

 CDSという仕組みはJPMorganが考え出した仕組みだが、結局、長期的なタームで考えれば不動産価値は必ず上がるという前提で作られている。証券会社が、長い目で見れば株価は必ず上がるという経験則をもっともらしい理屈と数式でそれなりにお飾りして提供した金融商品に過ぎない。CDSの仕組みを実際上の金融商品に仕上げるのに、マサチューセッツ工科大学やケンブリッジの経済学者が多くの役割を担ったそうだ。

 そこから想起されるのは、LTCM(Long-Term Capital Management)破綻だ。同社はSalomon Brothersのジョン・メリウェザーによって1994年2月に創設され、ヘッジファンドとして運用を開始したとされているが、同社の資金運用にはノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズ、ロバート・マートンの2人が深く絡んでいた。

 同社のヘッジファンドとしてのビジネスは、流動性が高い債券間のスプレッド(価格差)のボラティリティが低い、つまり儲けが大きい点に着目し「あらゆる債券」の「相対価値取引」で差益を稼ぐことで成り立っていた。

 さらに、同社は取引差益収益を拡大するため、レバレッジ(取引金額÷証拠金)を効かせるように20〜30倍、時にはそれ以上の倍率で効かせていた。

 その後、同社は、M&A(1995年)、金利スワップ(1996年)、私募債/モーゲージ担保証券/株式(1997年)と扱う対象を広げ、より流動性が低く、より不確実性の高い市場へと参入していった。

 これらの多岐にわたる金融商品を幾つかのポートフォリオにまとめ、リスクをヘッジしながら高配当を稼ぐには、複雑な計算をできるだけ短時間で行い、そのファンドの値動きをシミュレートする必要がある。実際の運用に入ると一時もマーケットから目を離せない。これは人間業では到底不可能でコンピュータの力を借りるしかなかった。

 結局、同社は1997年のアジア通貨危機、続く1998年のロシア財政危機およびロシア政府のデフォルト宣言により決定的な損害を受け、資金が行き詰まった。それを受け、当時のグリーン・スパンFRB議長が強権を振るい、大手金融機関から資金を融資させ、解散させた。

 しかしながら、これ以後、コンピュータによるシステム取引が次第に金融界で一般化したのは歴史の皮肉としかいうしかない。

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