わたしがフリーソフトウェアにかかわりだしてから10年以上たちますが、わたしが覚えている限り、これまでにこのようなことが起こったのは一度だけです。そのときは、実際に投稿をやめてもらうよう働きかけるはめになりました。
このような場合によくありがちなことですが、実際のところ彼はまったく悪気はなく、良かれと思ってやっていただけでした。彼は単に、投稿すべきときと控えるべきときの区別ができなかったのです。わたしたちのメーリングリストは一般に公開されており、彼は非常に頻繁にそこに投稿していました。さまざまな内容について質問を繰り返すこともあり、コミュニティーの間で徐々に目障りに感じられるようになってきました。質問を投稿する前に少しは自分で調べるようにやさしくお願いしてはみたのですが、彼には何の効果もありませんでした。
最終的に有効だったのは、完全に中立で定量的なデータを示すことでした。開発者の1人がアーカイブを調べ、以下のようなメッセージを何人かの開発者に個別に送ったのです。問題の人(以下の一覧における3番目の人。ここでは仮に“J. Random”とします)がプロジェクトにかかわり始めてから日がまだ浅いこと、そしてコードやドキュメントに一切貢献していないこと。なのにメーリングリストの投稿ランキングでは3番目になっていることが分かります。
From: "Brian W. Fitzpatrick"
To: [... 匿名性を確保するため、送信先は省略します ...]
Subject: The Subversion Energy Sink
Date: Wed, 12 Nov 2003 23:37:47 -0600
過去25日間の svn [dev|users] リストの投稿数トップ6は以下のとおりです。
294 kfogel@collab.net
236 "C. Michael Pilato"
220 "J. Random"
176 Branko ?ibej
130 Philip Martin
126 Ben Collins-Sussman
この中の5人は、近々発表予定のSubversion 1.0に貢献してくれている人たちです。
また、この中の1人は、ほかの5人の足を引っ張って時間と気力を浪費させているだけの人です。彼のおかげでメーリングリストが停滞するだけでなく、無意識のうちにSubversionの開発自体も速度が低下してしまっています。詳細な解析をしたわけではありません。ただ、Subversionメーリングリストのスプールをざっとgrepしてみたところ、この人物がメールを投稿するたびに、ほかの5人の中の少なくとも2人が返信をするはめになってしまっているようです。
そろそろ何らかの行動を起こすべきときじゃないでしょうか? たとえそれで当該人物がここから去ってしまうことになってもやむを得ません。控えめにやさしく説得するだけでは何の効果もないことはすでに証明されています。
dev@subversionはバージョン管理システムの開発を手助けするためのメーリングリストであり、グループセラピーを行う場所ではありません。
- 3日もの間、大量のメールと格闘し続けたFitzより
最初のうちは気づかなかったのですが、J. Random(仮名)の振る舞いはプロジェクトの進行を妨げる典型的なものでした。彼は、議事の進行を妨害しようとするなどの具体的な行動をとったわけではありません。ただ「各メンバーに節度を持った対応を期待する」というメーリングリストの方針をうまく利用していたということです。
わたしたちは「どんなネタをどんなときに投稿すべきか」といった判断は完全に各個人に任せていたのです。従って、誰かが不適切な投稿をしたりそれを改善するそぶりを見せなかったりしても、わたしたちはどうすることもできなかったのです。彼が頻繁に投稿を繰り返すことをほかのメンバーはみんな気にしていたのですが、「それは○○という規則に違反している」と指摘する根拠はなかったのです。
当時のFitzのやり方は、巧妙なものでした。彼はまず定量的な証拠を集めました。そして、それを慎重に広めたのです。まずは、仲間になってくれると心強いと思われるごく一部の人たちにだけそれを伝えるようにしました。何らかの対応が必要だと合意した彼らは、J. Randomに電話を掛けて問題点を直接指摘し、投稿を控えてくれるよう頼みました。彼は、なぜそんなことを言われなければならないのかを分かっていないようでした。まあ、もし分かってくれるだけの人であれば、最初からこんな問題は起こらなかったでしょうけどね。結局、彼は投稿をやめることに同意してくれました。そしてメーリングリストは通常どおりに戻ったのです。
最終的にこの作戦がうまくいった理由の1つは「彼の投稿をスパム対策用のソフトウェア(章3.技術的な問題のスパム対策項をご覧ください)で拒否することもできるんだよ」という圧力を遠まわしに与えたことにもありました。しかし、このような圧力を与えることができたのも、Fitzが最初に主要人物に根回しをしておいたからこそです。
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よいフリーソフトウェアを作ることは本質的に価値のある目標です。その方法を模索している読者の皆さんが、本連載「オープンソースソフトウェアの育て方」で何かのヒントを得てくだされば幸いです。
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