コラム
» 2009年12月12日 00時00分 公開

「iPhone or Android?」――あなたの知らないモバイル業界の真実賢者の意志決定(2/3 ページ)

[清水亮,ITmedia]

モバイルコンテンツ業界はiPhoneとどう向き合うべきか

 国内においても、iPhoneの存在感は日に日に大きくなってきています。少し前であれば、「iPhoneを買うべきか、買わないべきか」という質問をよくされました。しかし最近は、「iPhoneをいつ買うべきか、それともAndroidを買うべきか」という質問に変わってきています。

 もちろん、従来型の和式ケータイに使い慣れたユーザーがそんなフワフワしたタッチスクリーンの端末へそう簡単に乗り換えるわけはない、と思う方もまだまだ多いでしょう。

 けれども、こう考えてみてはいかがでしょうか――「iモードが登場するまでは、ケータイは薄くて軽い方がずっと便利だと思っていた人が大多数だった」と。

 百聞は一見にしかずです。まず触ってみてください。できれば自分で買って使ってみてください。どんなに優れた機械でも飽きはきます。カメラだの自動車だのバックや洋服を次々と買い替える。それが資本主義社会に生まれた人間の性というものです。

 例えば次にクルマを買うとしたら、筆者はハイブリッド車を買いたいと考えています。燃費がいいという実利はもちろんありますが、それが新しいものだからです。

 いまのスタイルの和式ケータイは10年前から変わっていません。この状態がいつまでも続くとは筆者にはどうしても思えません。iPhoneを(米国発売から数えて)2年たっぷり使ってみて、その思いはますます強くなりました。もちろんすべてのケータイがiPhoneになるなどということは有り得ません。Apple1社がそこまで独占できるほどこの市場は小さくないからです。

 けれども、ほかの携帯電話がiPhoneに強く影響を受けたものになることは時代の潮流からして明らかです。和式ケータイですら、軒並みタッチスクリーンを搭載しました。しかし、これらの和式ケータイはiPhoneと比較することすら難しい代物です。動作は遅く、タッチスクリーンは文字通り「取って付けた」ようにしか見えません。

 遅かれ早かれ、より洗練されたものへ置き換わっていくでしょう。そういう場所に一番近いのは、Androidだと思います。最初からタッチスクリーンを前提に設計され、その上でキャリアの望むどんな拡張も改造も可能なプラットフォームとしてのAndroidは次世代ケータイのコアとして理想的です。

 しかし問題は残ります。和式ケータイ用には無数の優れたコンテンツが提供されていますが、iPhoneやAndroidには和式ケータイの「公式サイト」という概念そのものがありません。筆者もしばらくこの相違について頭を悩ませていましたが、最近のAppStoreのIn-App-Purchaseの導入後は、1つの結論に達しました。

 それは、iPhoneやAndroidにおける「公式サイト」とは「アプリ」のことだ、ということです。

 そもそも、これまでの和式ケータイで公式サイトアプリと着せ替えツールと待受画面とiチャネルとiコンシェルが、それぞれ独立したまったく別の機能として実現されていた理由は、それが後からどんどん追加されていったためです。しかし、ユーザー視点でみれば、それが実現されている方式がHTMLだろうがJavaだろうがFlashだろうが関係ないわけで、そうした技術指向の言葉が入り乱れている状況そのものがユーザーからすれば混乱の元だったわけです。

 こうした技術を総括すると、実はアプリがあればすべて解決できます。Androidの場合、アプリが待受画面やホーム画面すら置き換えることができるため、iPhoneよりさらに自由度が高くなっています。つまり、これからの時代というのは、公式サイトから、アプリへとよりシンプルに回帰していくわけです

 例えば、占いサイトは占いアプリに、ニュースサイトはニュースアプリに置き換えられていきます。こう考えると、現状のコンテンツプロバイダーに求められているのは、単なる情報ブラウザとしての専用アプリの提供なのだと考えることが可能です。

 そしてそれは、比較的容易に実現できるものなのです。何しろiPhoneもAndroidも、アプリの中にWebブラウザを組み込むことは簡単にできるわけですから。極端な話、従来のページをただ表示するだけの専用ブラウザでもいいわけです。

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