現場で効くデータ活用と業務カイゼン

医師によるEUCの状況をレポート――iPadの活用もトレンドに医療IT最前線(1/2 ページ)

煩雑な資料作成に追われる医療従事者の業務を効率化するために、医療分野のITはどのようにあるべきなのか。その取り組みの一つとして、医療従事者たちが自ら医療IT環境を構築していく方法が注目されつつある。その最先端を進むグループの事例研究会を取材した。

» 2011年01月12日 08時00分 公開
[岡田靖&編集部,ITmedia]

 医師や看護師、療法士や技師など医療従事者の仕事には、膨大な書類の作成・管理も含まれている。患者に関するカルテやオーダー(処方や処置、検査などの指示書)はもちろん、保険や特定疾患(いわゆる難病指定)など各種制度に応じた提出書類、院内の管理資料や学会向けの資料まで、実に多くの資料を作らねばならないのが実態だ。

 しかし、医療従事者の本来の職務は目の前の患者に接すること。その本業に集中できるよう、資料の作成・管理やワークフローなどといった付帯業務は、ITで効率化したいところだ。ところが医療従事者の業務は非常に複雑であり、医療に関する知識はもちろん現場のノウハウを知らなければ適切なシステムを作り上げることは難しく、ITベンダーにとっては荷が重いこともある。

 こうした現状に対し、医療従事者が自らの手でシステムを構築していこうとする動きが注目を集めている。エンドユーザーコンピューティングによって、自らの知識やノウハウを盛り込んだ医療IT環境を作り上げていこうとしているのだ。2008年に発足した日本ユーザーメード医療IT研究会(Japanese Society for User-Made Medical IT System、略称J-SUMMITS)は、そうした取り組みを進める医療従事者が集まって、互いに勉強をしていこうという団体で、現在は一般会員が約350人、賛助会員(法人)が17社にのぼる。J-SUMMITSではメーリングリストなどのオンライン活動と、医療システムの実例を発表・見学するオフライン活動を展開しており、夏には米国サンディエゴで開催されたFileMaker Developer Conferenceに参加しての発表も行ったという。

 そして、2010年12月4日には「第2回J-SUMMITS研究会」を、「第11回日本クリニカルパス学会 学術集会」に合わせ、愛媛県松山市で開催した。今回は、この研究会で発表された医療IT事例をいくつか紹介する。

小規模診療所にこそ効率の良い医療システムが必要

薬剤の投与期間と検査結果の数値を重ねてグラフ表示できる

 FileMakerを使って、診療所で使うほぼ全ての医療システムを実現した例を紹介したのは井上内科医院の井上義通氏。井上内科医院はいわゆる無床診療所で、外来のみの診察を行っているが、規模が小さいからといって、医療システムの機能が少なくて構わないわけではない。むしろ、医師や看護師の人数が少ない分、より効率的に業務を進められるシステムが求められる。

 井上氏が作り上げたシステムは、いわゆる電子カルテと医事会計に加え、特定健診にも対応している。特定健診に対応した電子カルテシステムは少なく、その点だけみても特筆に値するが、電子カルテシステム間で情報をやり取りするための共通フォーマット「MML(Medical Markup Language)」にも対応しているほか、外部の事業者からタイムスタンプを取得して診療記録の改竄検出も可能となっている。

 「レセプトの電算提出を行うため、厚生労働省のサイトから傷病名マスターを取り込んで専用辞書を作る機能も搭載、数字コードの入力を効率化しています」(井上氏)

 このシステムは、さらに診察時などで役立つ各種機能も備えている。例えば時系列での過去データ表示機能だ。

 「内科では、どのような薬剤を投与して検査項目がどのように変わったか、時系列で見ることが大切です。患者ごとに表示する検査項目を設定することで、経過を分かりやすくしました。数表とグラフの両方で表示でき、グラフでは投与期間も一目で分かるよう工夫しています」(井上氏)

時間と手間のかかる書類作成自動化

個人票作成に要した作業時間の変化を概算したグラフ。初年度は合計作業時間が増えているが、医師の作業時間が大幅に削減されたため、経費を大きく削減できている

 FileMakerの機能を積極的に活用することで効率的にシステムを作り上げた例を紹介したのは、以前にも記事で紹介した新日鐵広畑病院 産婦人科の平松晋介氏。作ったのは、厚生労働省の難治性疾患克服研究事業、いわゆる難病指定患者の臨床調査個人票(診断書)作成を効率化するシステムだという。

 「個人票には多いもので500項目あまりのチェック項目があり、過去の診療記録から抽出してこなければならないデータも多いため、作成には1枚あたり15〜40分もの時間がかかります。日本全国では毎年68万枚も作成されているので、年間にして数十万人時間もの医師の時間を個人票作成に費やしている計算です」と平松氏は指摘する。

 平松氏は、この個人票作成をできるだけ省力化すべく、FileMakerで個人票作成システムを作り上げた。当然ながら、過去のデータは可能な限り電子カルテから抽出して自動的に反映させるようになっており、また2年目以降には前年のデータを元にして、さらなる入力負荷軽減を可能にしている。テキスト情報も可能な限りドロップダウンリストを使った選択式とし、5段階のスコア判定を行う項目も具体例を示した評価表をクリックして入力できるようにするなど、キーボード操作を最低限に抑えたという。

 「事務職員でも作業できる範囲を大幅に増やし、医師が入力しなければならない部分を大きく減らしました。医師の時間単価は事務職員より高額です。そこを重点的に減らすことで医療機関にとっての経費負担を大きく下げることができるのです」(平松氏)

 ちなみに、このシステムには「繰り返しフィールド」や「スクリプトトリガ」など、FileMakerの特徴である機能が数多く使われている。レイアウト上での入力項目数が延べ2万以上にのぼる巨大なシステムでありながら、こうした機能の活用により、β版の公開までに要した開発作業はわずか400人時間で済んだとのことだ

学術情報の登録も自作システムで

 官公庁でなく学会への資料提出を効率的に行えるようにした例もある。自治医科大学 腎臓内科学講座の西野克彦氏は、日本腎臓学会のサイトにある「腎臓病総合レジストリ」に対し、院内で使っているデータベースから自動的に必要な項目を転記する仕組みを紹介した。

 腎臓病総合レジストリは、日本腎臓学会が日本全国の腎臓病患者の実態把握を目的として取り組んでいる研究の一環として設けられたシステムだ。サイト上に登録フォームがあり、研究に参加している医療機関ではそこから必要な情報を登録することになっている。入力作業そのものは医師でなくてもできるとはいえ、そのためには医師の手で何らかの書類に情報を整理しておかねばならず、作業負担が生じる。また、転記する回数が増えればミスも増える可能性が高まってしまう。

 一方、自治医科大学の腎臓内科では、FileMakerによる腎生検データベース(通称BxDB)を運用している。腎臓病総合レジストリに入力すべきデータの一部は、このBxDBで管理している項目と重複しているため、自動転記が可能になれば作業負荷やミスを減らすことにつながる。そこで西野氏は、サイトのフォームに自動転記することで入力を省力化する仕組みの開発に乗り出した。

 「その実現のために使ったのが、FileMakerのJavaScript URL機能です。腎臓病総合レジストリの登録フォームを解析し、BxDBから流用できる項目を加えてJavaScriptを作成、“Webビューアの設定”スクリプトのURLに設定することで、BxDBに入っている項目が自動的に入るようになっています」(西野氏)

 医療機関が扱う個人情報は非常にセンシティブな内容が多いため、病院内のシステムは外部に接続せず閉じた環境で使われることが多い。こうした事情から、日本腎臓学会のように学会などで臨床データを収集する際、サイト上のフォームで入力する以外は受け付けないケースも多い。直接のデータ連携が行われるとは想定していないのである。しかし、このような仕組みを作ることができれば、完全ではないにせよ半自動化が可能になり、事務負担の軽減に役立つ。

西野氏が作ったJacaScriptの実例。フォームの解析で得られた項目名などを盛り込み、それにFileMaker上のデータを対応させている
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