品川本社は、品川グランドセントラルタワーの19階から31階までの13フロアに分散しています。当日はイベントが重なっていたこともあり、300人ほどの来訪者がおり、そのほとんどが来客フロアである30階、および31階にいました。
来客の安全を確保することを最優先とし、けが人などの安否確認、施設の安全性の確認と保全、非常階段など避難路の確保、火元の確認、非常用食料の準備、来客宿泊場所の確保、テレビなど外部情報元の確保など、さまざまなアクションが起こりました。驚くべきは、これらのアクションのほとんどが地震発生から30分程度で完了したことです。
コミュニケーションは、Lyncのテキスト チャットで行われました。さまざまな確認は主にファシリティ部門の従業員を中心に行われましたが、状況によって新たな確認事項やコミュニケーションが増えることもあり、あらかじめ決められた手順だけでは十分に賄いきれません。
そこで確認に関わる従業員が、報告や問い合わせを1つのチャット セッションに集約しました。チャットへのアクセスは、PCやスマートフォンを使ってどこからでも行えますし、電話と違って常につながっている必要も、耳で聞いた話を書き起こす必要もありません。大勢の人が同時にコミュニケーションできるため、それぞれが移動先で適宜報告を書き込み、必要に応じて会話することで、社内の状況を正確に理解できる情報がチャット セッションにログとして積みあがっていきました。メールや掲示板と違って会話をリアルタイムに行えるため、お互いにすばやい決断もできました。
来客のうち100人程度は当社へ宿泊されることになりましたが、災害用キットの数が不足していたため、2階のコンビニエンスストアなどから食料を調達することになりました。しかしほかのビル同様、エレベーターは緊急停止したまま。さすがに2階から30階まで階段を昇るのは苦痛ですし、1人で持ち運べる量にも限界があります。
これを解決したのは、各フロアの有志による「バケツリレー」でした。完全に想定外の作業で、あらかじめ責任者や担当者など決められていたわけではありませんでしたが、Lyncのプレゼンスとチャットがあったおかげで、各フロアの稼働可能な従業員を把握し、協力を要請できました。
重要なのは、これら非常時のすばやい行動に大きく貢献したLyncが、日本マイクロソフトの日常のコミュニケーションを支えるツールであったことです。
2011年3月11日までは、Lyncを非常時のコミュニケーションに有効に使うべし、といったガイドラインは存在しませんでした。正式なガイドラインは、電話やメール、Web画面などでアクセスする外部の安否確認サービスを利用するというものでした。しかしいざ災害が起こってみると、電話やメールはあまり有効に機能せず、WebのURLをブックマークしている従業員もあまり多くなかったのでしょう。
当時のメールを読み返したら、震災翌日の朝、電話とメールベースの安否確認システムで未回答の従業員が350人ほどいるというメッセージを見つけました。全社員2000人の中の350人ですから、かなりの割合です。定期的に訓練を行っているシステムの成績としては十分とは言えません。しかし実は、この時点で大多数の従業員の安否情報は、組織単位で確認していました。ここでも役立ったのはLyncでした。
震災時、米国本社は夜中でしたが、緊急時対応チームによるディスカッションが行われたようで、日本時間の12日早朝には最初の対外的なCitizenship Statementが表明されました。
日本でもエグゼクティブ チームが、直近で大震災を経験したチリのカントリー マネージャーとのディスカッションなどを行いました。そして13日の日曜日には月曜日の原則在宅勤務が決定され、その後すぐに1週間に延長されました。勤務場所は自宅に限定せず、地方の実家や知人宅などでの勤務も認められました。これらの連絡は電子メールやポータルのほか、部門マネージャーがメンバーに直接チャットで呼びかけるなどして伝達しました。
在宅勤務期間中は実際に、約85%の従業員が出社しませんでした。しかしその間もビジネスを止めることは一切なく、震災前とほぼ変わらぬ生産性を維持しました。官公庁や企業との連携による放射線情報サイトや交通情報マップなどの構築に代表される、さまざまな支援サービスを立ち上げ、数日程度でサービスインにこぎつけたのです。
私もこの間、イベント中止の手続きや連絡と調整、Lyncを使った支援プロジェクトへの参加、復旧や省電力のための設定情報の公開などの作業に追われた記憶があります。しかし、社内ミーティングや顧客との打ち合わせをLyncで行い、業務を完全に遠隔環境で遂行できたため、翌週22日まで一切出社することはありませんでした。普段からこうした環境を使ってコラボレーションを頻繁に行っていたので、距離や時間が変わったところでさほど影響がなかったのです。
日本マイクロソフト社員が日ごろ利用しているICTは、急きょ働く場所が変わったとしても生産性を下げることなく業務を継続できるように設計されているため、緊急時だから我慢するしかない「自宅待機」ではなく、たまたま働く場所が自宅になった「在宅勤務」を実施できたのです。
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