ビル広告から痛車まで、ビジネスを加速させるデジタル印刷の最前線

街中を見渡すと、特別な誰かに向けたメッセージや見慣れない形の広告など、さまざまなデザインが溢れている。これを可能にしたのが、「デジタルプリンティング」と呼ばれるITを活用した最新の印刷技術である。

» 2013年07月01日 08時00分 公開
[取材・文/編集部,ITmedia]

 観光地に赴くと、ご当地ならではデザインをあしらったバリエーション溢れるお土産品が売られている。またイベントなどに来場すると、自分へのメッセージが印刷されたノベルティグッズを贈られ、うれしさを感じたという機会にも出会う。こうした従来には無い顧客体験を実現している技術の1つが「デジタルプリンティング」だ。最先端のデジタルプリンティング技術を展開しているという日本ヒューレットパッカードのラボを訪問し、その取り組みを聞いた。

 PCからサーバ、ストレージ、ネットワークまで多種多様なIT製品の開発を手がける同社。実は、業務用のプリンティングマシンでも高いシェアを持つという。設計図面からラッピング広告のような大型の印刷物までに対応する大判プリンタから、消費財の包装用途や出版物の制作などにデジタル印刷機の「HP Indigo」シリーズまで多種多様な製品ラインアップを展開している。

 デジタルプレスビジネス本部 市場開発部 セグメントマーケティングマネージャの山田大策氏によると、上述のお土産品のような消費財で新たな印刷形態が可能になったのは、ITを活用したデジタルプリンティングの進化がある。

 従来のプリンティングは、印刷する媒体ごとに専用の「版」を作成しなくてはならず、その制作コストがかかることや、いったん作成すると修正や変更が非常に難しいという課題があった。大量に印刷することである程度のコストダウンは可能だが、少量では限界もある。企業が多彩なマーケティンググッズを開発したいと考えても、多くの制約を伴っていた。

デジタルプリンティングを施したグッズの数々。ペットボトルのような立体からフォトブックにまで、さまざまなデザインでの印刷が可能になった

 しかし、デジタルプリンティングではこの版が不要になる。デザインを少しずつ変えながら、いろんな形態のグッズにオリジナリティ溢れる印刷を行えるため、マーケティングなら、デジタルプリンティングを施したグッズを通じて新たな顧客体験を提供できるようになる。また新規のビジネスも展開できる。オンラインで写真をアップするとオリジナルのフォトブックを作成できるサービスがその代表例だ。

 山田氏は、「デジタルプリンティングを通じて、企業は顧客に新たな価値を提供していける。当社の顧客企業では、例えばCoca-Colaがペットボトルの包装に活用しており、日本でもサッポロビールなど先進的な企業が同様の取り組みを既に始めている」と話す。

日本HP本社のラボで稼働している3台のHP Indigo。ロール紙やA3サイズ紙など印刷媒体に応じたモデルがある

 日本HPのラボにも3機種のHP Indigoマシンが置かれ、デジタルプリンティングの活用を検討する企業にソリューションを実際に披露している。HP Indigoを導入している印刷会社でも、顧客企業からのさまざまな要請へ柔軟に対応できる体制にあるという。

 大判プリンタの分野でも最近は、さまざまな媒体に印刷して活用されるシーンが広がっている。それを可能にしたのが、同社が競合に先駆けて商用化したという「HP Latex」という特殊インキである。プリンティング・パーソナルシステムズ事業統括 ワイドフォーマットビジネス本部の深野修一によると、HP Latexでは水性の溶剤を使用することで、環境負荷を抑え、ユーザーの健康にも影響が少ない。

 「従来の溶剤はシンナーの匂いがユーザーに負担をかけるので、常に換気をしなければならなかった。HP Latexは匂いがなく、換気の手間が少ない。また、シール紙から布、反射材といったさまざまなものに印刷でき、水に濡れても色が落ちないという特徴もある」という。

 大判プリンタ製品ではデザイン事務所で利用するような小型モデルから最大5メートルの媒体に印刷できる大型モデルまで数多くの製品ラインアップを展開している。こうした大判プリンタで作成されるものは、上述の設計図面から看板、車両やビルの壁面に貼付するようなラッピング広告まで実に多彩だ。何と、秋葉原の街中やコミケイベントなどに出没する「痛車」のラッピングに同社の大判プリンタが使われるケースもある。

インク技術とマシン技術の進化で大判印刷の適用範囲が広がっている。写真右の大きなPOPは社内でプリンティングされたもの

 「HP Latexは印刷物の表面上で速乾するという特徴もある。従来のインキは印刷物の奥にまで浸透してしまうため、車両の塗装面を痛めてしまうとこともあった」(深野氏)

 日本HPは今年で創業50周年を迎えるが、本社のエントランスには顧客に向けた50周年の感謝の意を表す巨大なポスターが掲出されている。この巨大なポスターを印刷したのは、ラボ内の同社の大判プリンタだ。

ラボ内では最大の3メートルクラスのプリンティングが可能な大判プリンタ(左)。右は6月に発表されたばかりの新モデル「HP DesignjetT1500」。車椅子のユーザーでも手軽に扱える人間工学に基づいた操作性を実現したという

 また、同社の大判プリンタではユーザー向けの無償のクラウドサービス「HP Designjet ePrint&Share」も提供している。同サービスは、クラウド上で印刷データなどを保存、共有できるもので、例えば、企業のマーケティング担当者と印刷会社の担当者との間で印刷データを共有したり、出先から手元のPCなどでサービスにアクセスし、データをチェックしたりといった業務の効率化に役立てることができる。

 デジタルプリンティングは、このように新たな価値を多くの分野で具現化してきた。山田氏によれば、2012年だけで約220億個ものデジタルプリンティングを施した製品が市場に提供されたという。「企業での活用効果としては、マーケティングにおける価値創造が大きいのではないか。カタログやパンフレット、ノベルティなど、自社のブランド力を高めてくれる『オウンドメディア』の力をさらに高められる手段になるだろう」と話している。

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