ネットワーク帯域の拡大で即応力を強化したレッドブルレーシングComputer Weekly

F1チームのレッドブルはAT&Tとのパートナーシップを強化し、ネットワーク帯域を拡大。世界各地のサーキットと工場間でデータをリアルタイムにやりとりし、レース戦略やトラブル対応に活用している。

» 2014年10月08日 10時00分 公開
[Alex Scroxton,ITmedia]
Computer Weekly

 2014年のフォーミュラ1(F1)は競技規定と技術規定が過去に例がないほど大きく変わり、シーズン開幕から適用されている。F1は興奮要素に欠けるという批判が多かったことから、FIAは競技条件を平等にして白熱したレースを実現するため、エンジンのサイズから燃料制限まで、多くの項目を対象に幾つか新しい規定を義務付けた。

Computer Weekly日本語版 10月8日号無料ダウンロード

本記事は、プレミアムコンテンツ「Computer Weekly日本語版 10月8日号」(PDF)掲載記事の抄訳版です。本記事の全文は、同プレミアムコンテンツで読むことができます。

なお、同コンテンツのEPUB版およびKindle(MOBI)版も提供しています。


 この変更の結果、2014年シーズンは状況が一変した。4年間トップの座を守っていたインフィニティレッドブルレーシング(以下、レッドブル)とそのファーストドライバーのセバスチャン・ベッテルは大きく後れを取り、ライバルであるメルセデスAMGペトロナスチームのルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグのペアが優位に立っている。

 ただ、レッドブルを憂鬱にしているのは、レースで先頭に立てないことではない。実際、2014年シーズンのレースでハミルトンとロズベルグ以外に勝利した唯一のドライバーは、ベッテルのチームメイトであるダニエル・リカルドだ(第13戦イタリアGP終了時点)。

 2014年シーズンの初め、レッドブルは新しい規定に対応するにはコアITを全面改革する必要があると考え、チームのネットワークサプライヤーである米AT&Tとの提携強化に踏み切った。レッドブルの技術提携責任者を務めるアル・ピアーズランド氏は、提携強化は自然な流れだったと話す。

 ここ数年間の両社の提携でAT&Tが担っていたのは、チームの技術パートナーとしての役割だった。現在、レッドブルはAT&Tとの関係をイノベーションパートナーに改め、チームの日常運営にはるかに深く関与させ、意見を求めるようになった。

ビッグデータに不可欠なネットワークコア

 最初に手を付けたのは、コアネットワークの改良だ。「AT&Tがチームに提供する主なサービスは、結局のところサーキットと工場の通信だ。サーキットでの活動を飛躍的に向上できる余地があることが分かっていたので、AT&Tから提供される帯域幅を増やすことを考えた」とピアーズランド氏は語る。

 「ネットワークの規模と速度は2013年の2.5倍になり、サーキットと工場で共有できるデータ量は大幅に増加した。また、仏ルノー(レッドブルに現在エンジンを提供しているメーカー)に接続してエンジンのデータをリアルタイムに提供することも可能になった」

 「英ベッドフォードにある風洞試験設備と接続するネットワークの規模も拡大した。新たな規定の1つとして風洞試験の時間に制限が課せられたため、風洞試験中にできるだけ多くの情報を集めることがこれまで以上に重要になる」

 データ量は、レッドブルのようにフロントグリッドを狙うチームが強くこだわる点だ。レース開催前の週末3日間で約200Gバイトのデータを蓄積し、送信することができる。各マシンには約100個のセンサーが搭載され、ブレーキ、ギアボックス、タイヤ温度といったマシン性能、エンジン制御ユニット(ECU)の性能、エネルギー回生システム(ERS)、エアフロー、サスペンションへの負荷、ドライバーに影響を与える重力加速度など、ほぼ全ての面を計測している。

 「こうして集めたデータをタイムリーに工場に届けることが課題だった」とピアーズランド氏は言う。同氏はIT部門に移る前、航空宇宙工学と自動車トランスミッションの設計でキャリアをスタートさせた。

 チームのWANリンクをAT&Tのバックボーンに統合したことで、レッドブルは世界19カ所のF1サーキットで集めたデータを、チームのさまざまな施設にほとんど瞬時に転送できるようになった。ネットワークの遅延時間の最長は豪メルボルンのような遠隔地で約300ミリ秒、最短はホームタウン英ミルトンキーンズの目と鼻の先にある英シルバーストーンで実質10ミリ秒以下だ。

 高速データ転送が重要になる明確な根拠はたくさんある。サーキットでのマシンのセッティング、燃料搭載量の減少といった状況変化に対するセッティング調整、天候や接触事故で受けた損傷への対応などがその例だ。

 テレビでF1レースを観戦すると、実況放送中にレース中の無線通信が頻繁に聞こえてくる。通常、この無線での会話はドライバーとエンジニアが交わすもので、内容は多岐にわたる。レース中の事故やライバルチームの違反などもこの通信で伝える。

 場合によっては、こうしたルール違反を正式な抗議としてFIAの委員に申し入れることもある。事故に関してより本格的な調査が行われることを望む場合は、この無線を利用してできる限り多くの証拠を集めることができる。

 「サーキットでの事故に関するデータが迅速に転送されるようになった。そのため、サーキットで何かが起きてFIA委員に抗議を申し入れる場合は、工場にいるエンジニアがデータを集めてチームの抗議を素早く記録できるようにしている」とピアーズランド氏は話す。

WANよりも広域に

 しかし、レッドブルとAT&Tとの提携は、基盤ネットワークだけにとどまらない。チームは、他の分野のコラボレーションについても調査、導入を始めている。実際のデータ収集時間が短縮され、データ要件が増加していることから、サーキットと工場の効果的なコミュニケーションがこれまで以上に重要になる。

 練習走行の後、ドライバーはピットに戻り、走行記録を分析し、改善点についてエンジニアと話し合う。

 レッドブルは、工場とビデオ会議をリアルタイムで行えるように、AT&Tのユニファイドコミュニケーションサービスパッケージをコントロールセンターに導入した。このコントロールセンターは、基本的には超大型の高価なモーターホームに置かれる。

 AT&Tは、1年の大半を世界各国で過ごすレッドブルの約500人のスタッフのために、モバイルデバイス管理も提供するようになった。

 「AT&Tの任務は、レッドブルのエンジニアを常時接続された状態に保つことだ」。AT&Tの英国セールスセンターでバイスプレジデントを務めるデーブ・ラングホーン氏は話す。「そうすればコストを低く抑えることができる。世界中のどのサーキットにいても、4桁のPBX番号をダイヤルするだけで、いつでも当社のネットワークに接続した状態を維持できる」

 「チームのスタッフからは、テレメトリーだけでなく、ビジネスシステムの通信を目的とした電子メールやネットワークアクセスの要望も出ている」とピアーズランド氏は続ける。「これを実現できれば、サーキットにいるエンジニアも工場にいるかのようにチームのビジネスシステムを利用できるようになる」

 レッドブルは、このようなシナリオを管理するためにトラフィック管理を利用して、重要性の低いバックオフィス通信によって重要度が高いマシンデータの工場送信が妨げられるのを防いでいる。

 AT&Tにとって、こうした提携強化は同社が実現できるシナリオを顧客に示すのに役立っている。

 「事実上、当社が行っているのは3〜4カ月以上かかる仕事を週末の数日で行えるようにする作業だ」とラングホーン氏は説明する。「当社がF1に抱く関心は世界共通のものだが、EMEA(Europe, the Middle East and Africa)の顧客に当社の名前を売り込むのに役立っている。なぜなら、F1はテクノロジーを示す優れた手段となる上、クライアントに分かりやすい形で当社の技術力を示すことができるからだ」

Computer Weekly日本語版 F1特集号(転載・再配布フリー)も公開中!

あまり報じられることのない、F1の世界で活用されているIT事情を事例やインタビューを通して紹介。ロータス、マクラーレン、メルセデス、ケータハムのクラウド、ビッグデータ、ファイル共有戦略とは?

※本PDFは、TechTargetジャパン会員でなくても無料でダウンロードできます。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ