踊るFinTech 夢中な金融機関とごう慢なITベンチャーの投資話からハギーのデジタル道しるべ(2/2 ページ)

» 2016年09月02日 11時00分 公開
[萩原栄幸ITmedia]
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稼いだ利益が吹っ飛ぶ

 筆者が伝えたのはこうである。

 「結論からいえば、この出資は〇〇陣営への参加料ということです。資料を見ると、3年後に増資する計画ですが、自社で積極的にFinTechという新しい流れを組み込み、既に大幅な収益構造の変化や新技術を積極的に取り込んだ新商品開発が見えているという訳ではないようです。支店の皆さんが必死に稼いだお金と思うなら、この出資額はあまりにも突飛なものと言わざるを得ません」

 A社が要請した出資額は、この金融機関の利益の少なくない部分を潰す可能性があった。日頃協力関係にあるという状況でもない「〇〇陣営」への参加というのは、あまりに安易と思ったのである。

 「出資の意思をいつまでに表明すべきか」「それを過ぎたらチャンスはないのか」「条件は変わるのか」もA社から明確な説明がない。そもそも、出資するメリット、デメリットが記載されず、「金融庁がFinTechを後押ししている」という表現も、別に特定の企業や団体を指しているわけではなく、錯誤を招く表現である。

 筆者がこの金融機関の顧問になって半年ほどの間、システム関係者の技術的なスキルを正確に把握することに努めてきた。例えば、金融APIの公開がなにを意味するのかを理解しているのか、といったことだ。ベンダーやSIerへ丸投げせず、金融機関の職員だけで具体的にその実装や論理について行動できるか――残念ながらいないのだ。

 ダイヤモンドの原石が目前にあっても、それを磨くことができる社員がいなければ、単なる石ころに過ぎない。「ブロックチェーン」も同じだ。この金融機関でもビットコインの論理構造や収益モデルについて、筆者と議論できる職員はいなかった。現状は、まずセキュリティの基本について全員でスキルアップに取り組み、より専門的な勉強会ができるように企画書を前月提出したばかりだった。「FinTechとは何ぞや?」を始める、まさにこれからという状況であり、A社への出資は時期尚早だった。専門分野を熟知して金融も得意としている専門家を中途採用する案もあるが、この金融機関の給与水準では極めて難しい。

冷静になって考えてみるべきでは??

 ここまで説明すると、取締役の各氏から「(顧問の立場で)無責任なことをいうな」「与えられた役目に徹するだけいいよ」といった旨の返事があった。

 不安要素を緻密に分析したうえでリスクをとる経営決断を下すなら、筆者も賛成する。しかし、このケースでは「金融庁が後押しをしているし……」と根拠があいまいで、しかも「〇〇陣営に乗り遅れてはマズイ……」という不安への焦りからA社に出資しようとしていることを理解していない様子である。もはや「投資」といえるものでなく、明らかに「投機」であり、健全な経営方針とはいえない。結局、この役員会では「より内容を精査すべき」であるとされた。

 その後もこの案件は保留され、現在も定期的に議論されている。その間に、やはり別の金融機関の母体からFinTechベンチャーへの参加(出資)打診が複数あり、この金融機関では「早まらなくて良かったという」方向になっている。同じ県の動向やライバルの金融機関の動きをよく観察してから費用対効果を冷静に判断しないと、雰囲気だけの乗り合いバスでは良い方向に行けるとは思えない。

 次回もこの続きを紹介しよう。

萩原栄幸

日本セキュリティ・マネジメント学会常任理事、「先端技術・情報犯罪とセキュリティ研究会」主査。社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格。2008年6月まで三菱東京UFJ銀行に勤務、実験室「テクノ巣」の責任者を務める。

組織内部犯罪やネット犯罪、コンプライアンス、情報セキュリティ、クラウド、スマホ、BYODなどをテーマに講演、執筆、コンサルティングと幅広く活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。

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