「他人の時間を奪う罪」に気付かないうちは、働き方改革はうまくいかない――日本マイクロソフトに聞く“改革のリアル”日本企業は「礼儀正しく時間を奪う」(1/2 ページ)

2018年7月10日、東芝クライアントソリューション主催のイベント「TOSHIBA dynabook Day 2018」が開催された。働き方改革やWindows 10をはじめ、クライアントに関するさまざまなセッションが行われた。本稿ではその中から、日本マイクロソフトの澤円氏による講演「働き方改革のリアル 〜本当に変えるために必要なこと〜」の内容を紹介する。

» 2018年08月01日 07時00分 公開
[吉村哲樹ITmedia]

日本のビジネスパーソンは「礼儀正しく時間を奪う」

photo 日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 澤円氏

 先進7カ国の中で、日本は長らく「生産性が最も低い国」というありがたくない称号を与えられている。これを象徴するエピソードとして、日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター センター長を努める澤円氏は、ビジネスインターンとして同氏の元にやってきた若いビジネスパーソンの話を紹介した。

 「ある若いビジネスインターンの方は会議に同席後、『会議の場で若い人が発言したり、具体的なアクションプランが決まったりするのを初めて見て驚きました』と私に話しました。また、別のビジネスインターンの方は、『19時以降に会議をしないので、びっくりしました』と話してくれました。こう言われて、逆に私の方がびっくりしたのを覚えています」(澤氏)

 同氏は、日本企業では昔からお決まりの「ほう(報告)、れん(連絡)、そう(相談)」についても、「報告も、連絡も、相談も、どれも等しく重要ですが、報告と連絡は主に『現在より過去の事柄』が中心で、相談は「未来の事柄」が中心です。従って、主に過去を扱う報告と連絡は、工夫次第で大幅に効率化できる余地があります。つまり、報告と連絡、相談に費やしている時間を棚卸しすることが大事で、逆に時間軸の発想が抜けていると、どんなツールを導入しても働き方改革は必ず失敗します」と述べ、“時間に対する意識”を研ぎ澄ますことの重要性を説いた。

 また、澤氏が知るとあるビジネスパーソンは、外資系企業から日本企業に転職した際、前職ではメールで済ませていたような部下からのちょっとした報告も、全て会議で丁寧に説明を受けるようになったため、逆に「一人でじっくり考える時間」がなくなり、判断ミスをするようになってしまったという。こうした状況を澤氏は、「礼儀正しく時間を奪う」と表現した。

 「日本人は目上や顧客に対して、実に礼儀正しい。でもその礼儀を尽くすために、実は最も貴重なリソースである『相手の時間』を奪っているという自覚に欠ける。『時間は最も大事なものである』という考え方がなくては、働き方改革は絶対成功しません」(澤氏)

 会議にかかる時間もさることながら、そのセッティングにかかる時間や手間もばかにならない。会議室の空きを探し、参加者の予定を調整して、招集する。そのコストは、決して低くない。多くのビジネスパーソンが忙殺される「レポート作成」も同様で、澤氏はこの作業を「麻薬」と呼ぶ。

 「レポート作成に没頭していると、さも忙しく働いている気分に浸れますが、やっていることは過去の事実を掘り直しているだけで、一歩も前に進んでいません。こうした作業も積極的に自動化して、働き方を変えていく必要があります」(澤氏)

オフィス移転を機に一気に新たな働き方を導入した日本マイクロソフト

 日本マイクロソフト自身も、かつてはこうした「日本企業特有の生産性の低さ」に蝕まれており、働き方改革からは程遠い状況だったという。

 「オフィスには紙の書類が山積みになっており、それらを収納するキャビネットがあちこちに設置されていました。また、従業員の自席にはそれぞれ専用の固定電話が設置されており、『出勤して自席に付くこと、イコール仕事』という意識が浸透していました」(澤氏)

 会議についても同様で、常に会議室が満室で夜遅くにしか予約が取れず、そのために夜遅くまで残業を余儀なくされることが多かった。場合によっては、会議で決めるべきことを、会議室を予約できなかったばかりに先延ばしにせざるを得ないこともあったという。

 こうした働き方を続けてきた結果、日本マイクロソフトの営業成績は年々下がり続けていったという。「このままではいけない。どうしたら売り上げを回復できるのか?」。このテーマを議論するために会議が重ねられ、その分、顧客を訪問する時間が削られ、そのためにさらに売り上げが落ち、これを受けてさらに会議が増え……こうした負のサイクルに陥っていた。

 そんな折、こうした状況から一機に脱出できる千載一遇のチャンスが訪れた。オフィスの移転だ。

 「それまで、都内5カ所に分散していたオフィスを、現在の本社オフィス(東京・品川)に統合する話が持ち上がりました。そこで、オフィス移転を機に『オフィス内の紙書類の原則禁止』や『専用席を廃止、フレキシブルシーティングの導入』『社外からネットワークを介してあらゆるシステムにアクセス可能な仕組みの整備』といった、働き方改革のための新たな施策を一気に導入することにしました」(澤氏)

 しかし、社内からは「多くの技術書や専門書を所有しているため、その置き場所を確保するために自席が必要だ」「検証作業のためにハイスペックなデスクトップPCが必要なので、自分専用のスペースが必要だ」といった反対意見も寄せられたという。

 実は、日本マイクロソフトでは、一部の部門で過去に何度かフレキシブルシーティングを導入したのだが、どれも運用が形骸化してしまい、失敗に終わったという。「今回もどうせうまくいきっこない」――こうした声に屈しないためにも、今回は取り組みを徹底したという。

 「『自分には例外的に専用席を用意しろ』という声に対しては、『専用席を用意することでビジネスにどれだけ貢献できるのか、“Business Justification”(ビジネスの正当性)を具体的に示してください』とお願いしました。抗議の声の90%は、具体的な根拠があるというよりは、『何となく気に入らない』という感情に基づいています。そうしたネガティブな感情に対する投資は、あまり意味がないのです」(澤氏)

 そして、大きな転機になったのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。日本マイクロソフトが現在の本社オフィスに引っ越したのは2011年2月。その直後に起きた大震災によって、出勤できない社員が続出した。しかし、リモートワークの基盤が既に整備されていたため、特別な対策を講じることなく、そのままスムーズに在宅勤務体制に移行できたという。

 「このときの経験から、既に在宅勤務やリモートワークの制度や仕組みが整備されていたにもかかわらず、『出勤しなければ仕事ができない』という思い込みに自分たちが縛られ、わざわざオフィスに出勤していたという実態が明らかになりました」(澤氏)

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