折衷が語りだす。
「もともとはプライバシーマークとか、情報管理とかの事務局をやっていた。仕事の性格上、あっちこっちの部署に顔を出して、『資産管理台帳を作ってください』とか『ちゃんと更新していますか』とか、確認していく地味な作業だ。志路や見極のようにテクニカルな知識もなく、どちらかというと事務作業だ。ただし、人との話し合いが主な仕事だから、会話能力や駆け引き、時には無理くりお願いする、というコミュニケーション能力は付いたよ。なにせ、何も知らない相手を説得して納得させなければならない。そういう点では、今日は来ていないが、これもまた部門に情報を伝えたり、調整したりする“ノーティフィケーション”担当の懐柔(やわらぎ)も同じだな。あいつも来年定年だし」
志路が言う。
「その仕事は、俺には絶対無理だな。イライラして蹴飛ばしそうだ。そんな地味な作業はまっぴらごめんだ」
折衷が続ける。
「まぁ、人それぞれ、向き不向きがあるからな。ただ、こんな俺でも皇(すめらぎ)さんに『CSIRTの中では重要だ』と言われた。うれしかったよ。コンピュータのことなどちっとも分からないのに、このメンバーの中にいるなんて」
折衷はビールをごくりと飲んだ。
見極が言う。
「志路はどうなんだ。ここに引っ張られてきて」
ビールを置いて、志路が語りだす。
「俺はもともと、システムの重障害対応室にいた。トラブルは日常茶飯事で、それをさばくのが仕事だ。毎日がお祭り騒ぎで怒号が飛び交う。嫌いではないがな。そんなある日、皇さんに『こっち来い』と呼ばれた。それで、虎と潤を引き連れて行った。最初は戸惑った部分もあったがすぐに慣れたよ」
「セキュリティインシデントとは言っても、やることは同じだった。例えば、ビジネス上何が大事なのかの即時判断。関係部署への状況の適宜連絡と協力依頼。被害拡大を防ぐための手当て、暫定対応と恒久的な対応などだ。違いと言えば、システム障害の原因はソフトウェアバグや機器故障などだが、セキュリティの場合は『敵』がいるケースがあることだ。これもまた新鮮で楽しい。やっつけてやろうという意欲が湧く」
宣託が言う。
「あんた、もともと祭り好きだから向いているのよ、そういう仕事。あんなに皇さんにたたかれても打たれ強いし。鈍感なのね」
「失礼なヤツだな。それに俺は打たれたなんて思ってないぞ。全て鍛え上げられていると思っていた」
山賀が言う。
「そうなのよね。折衷さんも志路さんも、経験としてはセキュリティ一筋ではないのに、こんなに活躍している。今、日本でセキュリティ人材が足りないって言ってるじゃない? あれ、一体どういう人が足りないって言っているのかしら。既に経験として下地がある人はいっぱいいるんだから、その人たちを活用すればいいじゃない」
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