メイは思った。確かに、SOCのメンバーはセキュリティの専門家という感じがするが、実際にインシデントに対応している人々はもっとたくさんいる。そして、彼らの多くが、セキュリティの専門家ではない。
山賀が言う。
「16万人足りない? 20数万人足りない? そんなわけないわ。見極さんみたいな人が20万人も必要だと思う? 気持ち悪いわよ。それより、現場で対応する人が必要よね。その下地がある人はいっぱいいる。訓練すればいいだけ。悲観することはないわ」
見極は苦笑いしながら応える。
「確かに、日本人は確実な技術運用が得意であり、その点は誇れると思う。全く新しい技術を生み出すことは苦手でも、作り出した技術を改善しながら精度を高めて、より価値のある運用をしていく。昔からそういうのは得意な民族だと思う。電車のダイヤなんて驚異の間隔で運転しているからな。しかもクレイジーなほど正確に。1人のスーパースターが革命を起こしていくというより、組織で戦う。その点が米国とは違うな」
「防衛組織やセキュリティ人材に必要なスキルを単に猿まねしても、国民性や得意分野が違うのだから意味がない。日本にITやセキュリティに詳しく、たたき上げで役職に就いたCISO(Chief Information Security Officer:最高情報セキュリティ責任者)なんて、めったにいないだろう? そういう意味でも、わが社の役割に合わせたCSIRTの組織作りは正しい。山賀さんが言うように、専門家が少なくても、各人の得意な分野で戦うことで全体が機能する」
志路が言う。
「まぁ、そのうちの少ない専門家が見極であるわけだが。そういえば見極はどういう経緯でここに来たんだ?」
見極が語りだす。
「前にも言ったかもしれないが、俺は元軍人だ。どこの軍なのかは勘弁してくれ。軍では諜報活動をしていた。まだ、リアルな脅威の方が大きかった時代だ。やがてサイバー世界での脅威が表面化してくる。軍はリアル世界での脅威に対する設備はそれなりに投資して充実させていた。リアルな攻撃は見えるからな」
「それに比べてサイバーの世界は見えないから、なかなか理解が得られない。それでも俺は諜報をサイバーの世界に移行していった。ところが、サイバー空間での諜報活動は他から見ると、ただのネットサーフィンにしか見えないらしく、俺の活動は軽視されていた。しばらくして、この会社の設立のニュースを見た。この技術は国益に直結する。俺はそうにらんだ。この会社を防衛することは、国益を守るということだと直感した。もともと、国を守るという動機で軍にいたから、迷いはなかった」
――なるほど。見極さんの正義感はここから来ているのね。メイは思った。
「俺が相棒として信頼しているヤツが、ここにいるぞ。あれ? 深淵はどこにいった?」
見極が言う。
「さっき、独りで釣りに行ったぞ」
志路が答える。
――もうっ、団体行動のできないヤツ。あの長い筒は釣り竿だったのね。そして、ポケットがいっぱい付いている服は世に言う“釣り人ジャケット”。一体、何しにきているのかしら。
「ちょっと、様子を見て来ます」
メイはそう言って下に降りていった。
【第6話(後編)へ続く】
イラスト:にしかわたく
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