CSIRT小説「側線」 第13話:包囲網(後編)CSIRT小説「側線」(2/3 ページ)

» 2018年12月07日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]
Photo 深淵大武:人との会話は苦手でログをこよなく愛する。キュレーターを信頼している。一人で仕事をしていることが多く、寝ない。ディープダイバー。情報も海も。沖縄の海が大好き

 深淵が静かにつぶやく。

 「こいつ、踏み台のPCから何かのプログラムをまいているようです」

 見極が深淵に言う。

 「悟られないように、まいたプログラムを分離して、行動を確かめろ」

 しばらくして深淵から報告が来る。

 「プログラムはまかれた後、しばらくしてから時刻起動で立ち上がり、インターネット側に短い信号を投げます。データとしてはIPアドレスやPCの緒元の一部です。それ以外は何もしません」

Photo 虎舞秀人:インシデントマネジャーの志路大河に引っ張られてCSIRTに加入。システム運用のことを熟知している。志路を神とあがめる。CSIRT全体統括とは馬が合わない。関西弁。イケメン

 虎舞が喜びに満ちた顔で声を上げる。

 「これ、春先のヤツや。どこから来とるか分からんか?」

 鯉河が答える。

 「警察もモニターしているから、追えるだろう。証拠保全もされているので、詳細な分析もできる可能性は高い」

 見極が言う。

 「コイツは犯人グループの先鋒役を務める侵入者だろう。春先の事案を追跡調査していたところ、過去にも類似の手口が重要なインフラ業者への攻撃に使われていることが分かった。その手口とは、ソフトウェアの自動アップデートを利用し、アップデートプログラムの中にウイルスを潜り込ませて侵入させるものだ。

 このウイルスは、8時間に1回、侵入に成功した機器のユーザー名、ドメイン名、ホスト名などの基本情報を外部に送信する。外部でそれを待ち受けている輩はその内容を確認し、『攻撃に値する』と判断した場合にはさらにウイルスを送り込み、遠隔操作する。

 最初のきっかけになるソフトウェアのアップデートには正規のデジタル証明書が使われており、非常に技術力の高い集団であることが分かる。春先にわれわれが見た、針のような短い送信というのはこの基本情報だろう。手口が似ている以上、今回の犯人グループはその輩となんらかのつながりがあると思う。もっとも今回はパラレルワールドのダミーデータなので、搾取しても役に立たないだろうがな」

 志路が思わずつぶやく。

 「クソッ、ダミーデータに追跡装置やウイルスを仕込んでアイツらを壊滅させてやりたいくらいだ」

 メイが制止する。

 「それはダメです。法律違反になります。我慢してください」

 見極が言う。

photo 鯉河平蔵:警視庁からの出向。捜査の赤鬼と呼ばれる。キュレーターの見極とはよく議論になり、けんかもするがお互いに信頼している。年甲斐もなく車の色は赤。広島出身

 「なんだ、ワイスみたいなことを言うヤツだな。大丈夫だ。俺もやりたいのはやまやまだが、志路も分かっているぞ。しかし、警察が乗り込んで、このダミーデータが犯人のPCから発見されれば動かぬ証拠となる」

 メイがほっと息をつく。

 鯉河が続ける。

 「ここまで状況が観測されれば十分だ。後は警察の仕事だ。任せよう。識目、データを頼む」

 識目は鯉河の方を向いてうなずいた。

 ――メイは目の前で繰り広げられる出来事が未来の警察の捜査のように思えた。なんてすごい人たちなんだろう。

@CSIRT執務室

Photo 栄喜陽潤:インシデントマネジャーの志路大河に引っ張られてCSIRTに加入。志路を神とあがめる。沖縄県出身。イケメン

 「メイ、見たか? ニュース。この前の調査の件、警察が捕まえたらしいで」

 虎舞が部屋に入るなり大声で話す。

 「メイさん、でしょ? 見たわ。すごいわね」

 「またそれか、まぁ、ええわ。で、ワイらのCSIRTってひょっとしてすごいんとちゃうか?」

 虎舞の言葉にメイが反応する。

 「そうね。すごいと思うわ」

 メイは素直にそう思った。

Photo 羽生つたえ:前任のPoCの異動に伴ってスタッフ部門から異動した。慌ててばかりで不正確な情報を伝えるため、いつもCSIRT全体統括に叱られている。CSIRT全体統括がカッコイイと思い、憧れている

 栄喜陽潤(えいきょう じゅん)が続けて言う。

 「ニュースに出ていた警察官? ちょっと変わった服装してましたよね。最初はコスプレかと思って、お笑いのニュースかと勘違いしましたよ。あのマニータという警察官、日本人でしょうか? フィリピンっぽい感じもするし、ミニスカポリスの制服に赤い眼鏡って、コミケじゃないんだから」

 つたえが応える。

 「あ、あの人結構有名人で知ってます。講演でも見たことあるし。『赤い眼鏡は萌えに必要な必須アイテム』とか言ってましたよ。腰にも赤いガラケーをスカートに挟んでるでしょ。あれ、振動モードにしておくとコールを見逃さないので良いと言っていました。もっとも、マニータさん以外にそんなことしている人、見たことありませんが」

 場が和み、皆に笑顔が見え始める。

 メイが言う。

 「でも、今回捕まった犯人は単なる実行犯よね。悪の組織には実行犯に指示を出す役や本当の意味での黒幕もいると聞くわ。根絶するためには先が長いわね」

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