幾つもの事件を経験したCSIRTに、出会いと別れの季節がやってきた。引退や成長を経験するメンバーの姿を見守りながら、メイの率いる新生チームは、今日もインシデントに挑む――。CSIRT小説「側線」、最終話。
一般社会で重要性が認識されつつある一方で、その具体的な役割があまり知られていない組織内インシデント対応チーム「CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」。その活動実態を、小説の形で紹介します。コンセプトは、「セキュリティ防衛はスーパーマンがいないとできない」という誤解を解き、「日本人が得意とする、チームワークで解決する」というもの。読み進めていくうちに、セキュリティの知識も身に付きます
数々の企業を苦しめた攻撃者への反撃に成功した「ひまわり海洋エネルギー」のCSIRT。今までの歩みを振り返るメイたちは、一部のメンバーが引退するのを前に、若いメンバーが再び成長する機会を話し合い、新生CSIRTに向けてかじを切ったのだった。
育英啓子(いくえい けいこ)と立法ワイス遵子(りっぽう ワイス じゅんこ)と原則守社(げんそく すず)が話している。
「懐柔(やわらぎ)さん、退職だってね。もうーっ残念。私の癒やしキャラだったのに」
ワイスの言葉に育英がなだめる。
「まぁまぁ、定年なんだもの、仕方ないでしょ。でもワイスがおじいちゃん好きだったのは意外だったわ。てっきり誰に対しても突っ張っているのかと思った」
「そんなことないわよ。でも啓子も懐柔さんにはお世話になったわよね」
「そう。おかげさまで他社とのCSIRT交流で教育材料は効果的に作れるようになったわ。悩むところは皆同じよ。今は一人ではないから、気持ちも落ち込まないわ。そういえば、ワイス、見極(みきわめ)さんから感謝されたんだって?」
「そ、そんなことないわよ。それよりも、余計なひと言で『やってみろ』って言われた曲、家で弾いてみたのだけど、あんなのできるわけないわ。激し過ぎて弓が壊れるわ。全くもう」
ワイスは頬をぷっくり膨らませている。
「まぁまぁ、そう膨れないで。そうだ、今度3人で温泉に行きましょうよ。この前、ワイスは来なかったけど、楽しいわよ!」
原則が提案する。そして、大切なことを忘れないように言葉を続ける。
「温泉まんじゅうも忘れずにね!」
見極竜雄(みきわめ たつお)と深淵大武(しんえん だいぶ)と鬼門明徴(きもん めいちょう)が、モニターをのぞき込んでいる。
「そう、ここをこう見るんだ。こういう特徴があるときは、ここにも気を付けなくてはいけない」
深淵が鬼門に解説する。
鬼門が言う。
「面白いですね。いくらでも調べたくなります。見極さんや深淵さんが寝ない気持ちも分かります」
見極が言う。
「寝ないわけではないぞ。少しは寝るさ」
鬼門が尋ねる。
「そういえば、先日ワイスさんが『見極さん、ちゃんと練習しているかしら? 私の方はもうすぐよ』とか言っていましたよ。何のことでしょうね?」
見極が独り言のようにボソボソ話す。
「あの女、そんなことを言って回ってるのか。吹いてみたが、あんなのできるわけないぞ。繊細過ぎる曲だ」
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