花王はなぜ「脱FAX」に本気なのか――「草の根のサービス改善」がつなぐデータ経営への道

全国5000店との取引で「FAX一掃」を宣言した花王。大手日用品メーカー企業が、令和の今、なぜ脱FAXなのか。取引先を巻き込んだデジタル変革を目指す花王の狙いを取材した。

» 2020年02月06日 10時00分 公開
[小林由美ITmedia]

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 2019年8月、「花王がFAX一掃作戦」という、ある新聞記事が話題となった。取引先の約5000店を対象に「取引をFAXからEDIに移行する」というのだ。

 一般に、日用品メーカーは、小売店向けのPOSシステムや在庫、受発注システムなどのデータ化が進んでおり、EDIの活用も一般化している。特に日配品に関しては受発注のデータを基に1日に数度の需給予測や生産調整を実施することもまれではない。

 だが、日用品を取り扱うメーカーの事業全てがデジタル化できているかというと、そうではない部分も残されている。データ化できない領域が一部でもあれば「すぐに把握できない情報」(=紙)が残ることになり、企業の俊敏性は損なわれ、リスクも大きくなる。これはデータ化できないメーカー側の問題だけではなく、最終的には商品を購入する顧客企業にもサービス品質や価格として跳ね返ってくる問題でもある。

 メーカー企業がデジタル変革の効果を最大化し、顧客向けに商品価値を最大化して提供するにはデータ化はどうしても外せないテーマだが、同時に困難も予想される問題だ。花王は「脱FAX」をどう推進するかを取材した。

顧客が望むFAX、運用コストをどう解消できるか

 花王はスーパーやドラッグストアなどに並ぶ洗剤、トイレタリー商品などで一般消費者にも広く知られる大手化学メーカーの1社だ。同社はわれわれがよく知る家庭用品だけでなく、ホテルやレストラン、病院、介護施設といった事業者向けの業務用製品も展開する。この業務用製品を取り扱うのが花王グループの花王プロフェッショナル・サービスだ。

 ドラッグストアやスーパーなどにある花王の家庭用品の受発注は、小売業におけるPOSシステムの普及、流通BMSの標準化の流れから、EDI(電子発注)システムが浸透している。そもそも家庭用品業界の商取引におけるトランザクションの大きさが、その動きを後押ししてきた一面もあった。

 一方、花王プロフェッショナル・サービスが管轄する業務用品については、業界全体でEDI化がかなり遅れており、FAXでの受発注が中心だ。顧客は地方の地場に根付いた中小企業が多く、顧客側は業務上「紙」でも当面は業務が回ることが分かっている。たとえEDIを導入していたとしても、企業ごとに仕様が異なっており、納入側のメーカーは花王に限らずどこも対応に苦労する状況だ。他方、受注側である花王プロフェッショナル・サービスは多様な事業者に商品を卸すことから、業務形態が多岐にわたり、標準化のハードルが高い。その結果、日々大量のFAXによる注文を受け付けてはそのデータを入力する作業に膨大なコストを払っている。当然、在庫や配送の手配・調整もタイムラグが生まれることからその分の在庫リスクも抱えなくてはならない。

 こうした逆境とも言える状況の中、同社は業務用品の受発注での「脱・FAX」を積極的に推進する。個客が切迫した課題を持たない中、EDI化を推進するのは、花王全体のサービスや品質を高度化するために、この事業部門の脱FAXが欠かせない問題となっているからだ。

花王プロフェッショナル・サービスの管轄である業務用品の一例 厨房・レストラン向け、ホテル・旅館業向け、病院・介護施設向けなどのプロ向けの商材を多数扱う、また洗浄剤などの業務用品の供給だけでなく、個々の事業者向けに衛生管理の「現場診断」や改善の提案、従業員教育を含む包括的な衛生管理の支援も手掛ける 花王プロフェッショナル・サービスの管轄である業務用品の一例 厨房・レストラン向け、ホテル・旅館業向け、病院・介護施設向けなどのプロ向けの商材を多数扱う、また洗浄剤などの業務用品の供給だけでなく、個々の事業者向けに衛生管理の「現場診断」や改善の提案、従業員教育を含む包括的な衛生管理の支援も手掛ける

業務用商材の受発注電子化に、EDI導入のプロを招へいして挑む

花王 上野 篤氏 花王 上野 篤氏

 「紙中心の受発注は非効率だという話は、以前からありました」と話すのは、同社業務用品における受発注のEDI推進に取り組んできた花王の会計財務部門 経理企画部の上野 篤氏だ。

 同社商品は病院や介護施設でもよく使われており、今後の高齢化によってますます注文が増加することが予想できる。また今後の就労人口減少から、人件費が高騰することを考えれば、受発注関連の業務委託のコストにも響いてくる。そのような背景から、EDIによる受発注業務の課題解決は必要と同社はずっと認識してきた。その一方で、なかなか話が前に進まかったという。

 「EDIシステムは以前からずっと検討はしていたのですが、当社の取引事情に合った仕組みがなかなか見つかりませんでした」(上野氏)

 業務用品部門のEDI化推進で頭を抱える中、力を借りたいと上野氏がプロジェクトに呼び寄せたのが、花王プロフェッショナル・サービスの依田健治氏(カスタマートレードセンター統合オペレーショングループ 部長)だった。依田氏はもともと花王の家庭用品のEDI化推進に携わっていた。花王プロフェッショナル・サービスに在籍する現在は、過去の経験を生かして業務用品のEDI化を推進している。

全国からの手書き注文を手で入力、ミスも含めてフォローに奔走する毎日

花王プロフェッショナル・サービス 依田健治氏 花王プロフェッショナル・サービス 依田健治氏

 店舗や施設が、花王の業務用品を取り寄せるには、花王が用意した紙の注文書に必要事項を漏れなく記載し、FAXで花王に送信する必要がある。電子メールや電話をするだけでは発注はできない。紙の注文書は、営業担当が顧客にカタログと一緒に渡している。

 FAXで届く注文書を花王側が受けると、それをオペレーターが見ながら、社内のシステムに入力していく。その作業は、花王のグループ会社にいる専門のオペレーター部隊が請け負っている。彼らは、午前中で注文書の入力処理を完了し、午後には商品発送の手続きを始める。オペレーターは主にパートやアルバイトの従業員だという。

 手書きの注文書には、記載不備やミスがつきものだ。また注文書も何かあれば都度刷新されるが、営業担当がすぐに最新版を送れないことがあったり、送ったとしても使ってもらえない場合もあったりする。

 「午後に入ったらすぐに発注するため、午前中で何としても発注処理を終わらせないといけません。注文書に不備があると、オペレーターたちは、注文内容を確認しようと花王の営業担当に連絡を付けようとするのですが、営業担当が外出していて、なかなかつかまらないこともあります」(依田氏)

 オペレーターは不確かな内容の注文書内容に右往左往させられることもしばしばあり、入力は手作業だ。人間の作業ゆえに入力ミスはゼロにはできない。「入力ミスは決して少ないとはいえない状況だった」(上野氏)という。

 一方、発注する側もひとたび誤発注が起これば欠品や不要な在庫を抱えることになる。

AmazonのEC体験を経てもFAX取引、突破口は……?

 顧客も花王も業務管理をIT化しているのに、なぜFAXで発注を受け付けて、その内容をシステムに手入力しなくてはいけないのか。システム同士で直接連携したらいいのではないか。電子メールやWebの発注フォームで必要事項を記入して送る仕組みを入れたら、それでOKではないのか。ここを簡単に変えられないところに、脱FAX問題の難しさがある。

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