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» 2020年03月06日 07時00分 公開

週末エンプラこぼれ話:国が掲げる「2025年までに、ほぼ全ての農家でデータ活用」は本当に可能なのか?――検証事業が2020年3月に開始

“データドリブン”な農業の本格展開は本当に可能なのか。それを実証すべく、NTT東日本や農研機構らを中心とした実験が国内の4県で始まる。クラウドやネットワーク技術、IoTセンシングなどを農地にどう展開し、どんな結果につなげようというのか。

[阿久津良和,ITmedia]

 「2025年に、農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践する」――。こんな目標を国が掲げていることを、知らない読者は多いのではないだろうか。実は、これは首相官邸で進む政策会議の一つ「未来投資会議」に、2019年に農林水産省が提出した資料に記されたものだ。

 その実現に向けた本格的な取り組みを、NTT東日本とNTTアグリテクノロジー、農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)の3社が開始する。

 かつて日本の基幹産業だった農業は、今や深刻な人手不足にあえぐ分野の一つだ。35年前の1985年は約350万人を数えた生産者は、2018年は約168万人に半減した。生産者の多くは「後継者の確保」「安定栽培」「農産物の高収益化」といった課題を抱える。地方自治体も、使われなくなってしまった遊休農地の拡大や栽培技術の継承問題、農産物の品質をどう均一化し、ブランド化できるか、といった課題を抱えてきた。

 日本政府は仮想空間と現実空間をシステムで融合させ、経済発展や社会課題の解決を目指す「Society 5.0」を掲げる。今回の取り組みは、この目標に関連して農業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるものだというが、実際に農地からデータをどう集約し、活用するのか。

農研機構とNTT東日本らが連携、全国各地で始まる“本気の検証実験”の中身は?

 3社は2020年2月19日に連携協定を締結。2021年には、データを活用した農業支援の本格的な展開を目指す。それに先立ち、2020年3月から長野県、山梨県、群馬県、岩手県の公設農業試験研究機関(岩手県農業技術研究センター、群馬県農業技術研究センター、長野県果樹試験所、山梨県果樹試験所)や生産者の協力を得て、データ活用の実行可能性を調査するフィージビリティスタディーに着手する。長野県や山梨県の会場では、新規生産者の拡大や海外輸出向けの農産物の生産支援を、岩手県や群馬県では、ブドウの品種の中でも単価の高いシャインマスカットを栽培する生産者の拡大と安定栽培の支援を目標とする。

 フィージビリティスタディーでは、農研機構が保有する農産物の栽培マニュアルを紙からデジタル化し、クラウドで共有。農作物を育てる圃場(ほじょう)に設置したIoTセンサーで温度や湿度、照度や土壌温度、土壌水分量といった農作物に合わせた各種データを取得し、生産者の手元にあるタブレットに表示することで、農作物の状況把握を支援する。

デジタル化した農作物マニュアル。農作物と関連する病害虫の写真や対策方法などを示し、新規参入した生産者を支援する

 例えば、圃場の周辺環境のデータと栽培マニュアルのデータを比較し、農作物の栽培に最適な温度を“しきい値”として設定することで、IoTセンサーによる計測結果に応じて生産者へメールでアラートを送信する。農研機構は「ふじ(りんご)」「幸水(なし)」など約100種類に及ぶ栽培の知見を持ち、既にIoT化に取り組む生産者は同機構の栽培マニュアルを参照している。そのため、デジタル化した栽培マニュアルとの連動は生産者の負担を大きく軽減するという。

タブレットに示されるグラフは、農作物と環境に合わせたしきい値を設定することで適温を可視化。緑色で示された実温度が上下しきい値に触れると生産者にメールでアラートを送る。また、IoTデバイス自身の充電量や電波強度なども確認できる

 NTT東日本の澁谷直樹副社長は、「地域密着の現場力やデジタル、ローカル5Gなどを組み合わせ、農業分野のデジタルイノベーションを起こしたい」と語る。農研機構の久間和生理事長は「(NTT東日本とNTTアグリテクノロジーの)両者は農業分野のITソリューションを開発している。連携協定によってわれわれの目標を早期に実現したい」とし、2025年までに農業のデータドリブン化が可能だとの考えを示した。グループ初の農業×ICT専業企業として設立されたNTTアグリテクノロジーの酒井大雅社長も「農業分野に生かせる取り組み。社会の要請に応える第一歩」と意気込みを語る。

(左から)NTT東日本の澁谷直樹氏、農研機構の久間和生氏、NTTアグリテクノロジーの酒井大雅氏。NTT東日本、NTTアグリテクノロジー、農研機構による連携協定締結の記者発表会で

農業IoTの要は“柔軟な”ネットワーク技術 5G活用の可能性について、関係者は……

 今回の取り組みを通じて、3社は生産者側にITソリューションの提供や安定生産の支援策を提供する。また、農業に新規参入した生産者や付加価値が高い品種の栽培に挑戦する生産者も支援し、各地域における栽培技術の継承や産地ブランドの向上も目指す。

 農研機構は今後、生産者や地域の要望などを踏まえ、栽培マニュアルを提供する農産物の種類を拡大することも検討。デジタル化した栽培マニュアルへ、外部から取得した気象データや「農業データ連携基盤(WAGRI)」といったパブリックデータを反映させる。NTTアグリテクノロジーは、他の企業と連携し、データドリブンな農業実現に向けたソリューションの実装や収集データの多様な活用を目指すとしている。

圃場に設置するIoTデバイスのモック。複数のセンサーを組み合わせ、収集データをクラウドへアップロードする

 クラウド活用や紙資料のデジタル化といった取り組みの他に、今回のフィージビリティスタディーを支える重要な要素がネットワーク環境だ。圃場に設置したIoTデバイスのネットワーク環境は、さまざまな技術を想定した“柔軟な設計”を採用する。

 例えば、今回のフィージビリティスタディーではLPWAN(Low-Power Wide-Area Network)を使うが、NTTアグリテクノロジーの酒井氏は「圃場が自宅近辺なら無線LANを活用できる。(センサーデータの通信が中心となるため伝送データ量が少ない)現時点ではオーバースペックだが、(トラクターなどと連動した)自動化や映像を収集して分析する段階では、ローカル5Gも有用だ。環境に応じて最適なものを選択できる」と話す。また、現時点でIoTデバイスはNTT東日本の調達品が中心となるものの、本格展開の際は他社製IoTデバイスにも対応する予定だという。

IoTデバイスの設置状況。フィージビリティスタディーでは、栽培マニュアルのデジタル化需要が高い「シャインマスカット」を選定した

 NTT東日本の澁谷氏は、将来5Gを活用する可能性について「収穫ロボットや農作物の自動運搬といった自動化ソリューションを実用化できれば、5Gやローカル5Gは有効だ。今回の取り組みの大きな目標は、デジタル技術を活用していない状況を改善すること。生産者と消費者をつなぐフードバリューチェーンが実現すれば、生産者の所得向上と次のデジタル投資へつながると考えている」と話す。

 農研機構の久間氏も「葉っぱの裏側まで観察する3次元データを扱うようになれば、遅延のない5Gは有用。だが、大事なのは生産者のIT活用スキルを向上させること。技術開発と共にトレーニングを進め、普及させることを重要視している」と話した。農業分野でのデータ活用を推進する農林水産省も、無人トラクターや自動走行農機、自動収穫、運搬ロボットなどの実用化を研究課題の1つに掲げている。

実験に参加する長野県の生産者は「必要な情報が自動表示され、(適温範囲を超えると)スマートフォンにメールが届き、失敗が少なくなるように感じた。手軽に利用できるので期待している」と語った

 NTTアグリテクノロジーの酒井氏は「今回の取り組みを実証で終わらせず、地域に実装したい」と話す。

 今後、NTT東日本は自治体や農業協同組合(JA)が持つ農業分野の需要を調査し、課題解決を支援する計画だ。ネットワークをはじめとする設備やサービスも提供する。NTTアグリテクノロジーは自治体やJA、生産者などを対象に地域実装に向けたプロジェクトを推進。農研機構は生産者に引き続き栽培マニュアルを提供し、生産者にアドバイスを提供する。

 全国の生産者に必要なソリューションが行きわたり、安定した栽培に生かせるようになれば、若年層の農業離れや収入の不安定さ、農地の縮小といった課題の改善につながる可能性はある。“データドリブンな農業”の定着は果たして本当に可能か。実験の今後に注目だ。

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