エーザイ CFOの柳良平氏は「日本企業は米英企業と比べ、財務諸表に表れない"見えない価値"への評価をほとんど得ていない。これを可視化することで企業価値は倍増する」と指摘する。この企業価値を内外に示す枠組みとして提唱するの「柳モデル」はどういったものか。
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企業統治(ガバナンス)の中でも人権への配慮や自然環境への責任が問われるようになってきた。これらに適切に対処しながら持続可能な世界の実現にどれだけ貢献するかを「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の観点から評価する指標としてESGの重要性が高まっている。
ESGに配慮した経営は「企業の長期的な成長を支える経営基盤の強化につながる」として投資家から高く評価されることから、日本でも関心を寄せる経営者が増えている。だが「ESG経営が企業価値の向上にどう寄与するか」について相関関係を具体的に証明した例はごくわずかでだった。
この問題について相関関係を実証したことで世界的に注目を集める人物がエーザイ 専務執行役CFO(最高財務責任者)の柳良平氏だ。柳氏は、クラウド型決算プラットフォームを提供するブラックラインが2021年8月に開催したオンラインイベント「Modern Accounting Experience」で「"柳モデル"によるESGと企業価値の実証。見えない価値を見える化する」と題した基調講演に登壇した。講演では柳モデルの概要を説明するとともに、日本企業が同モデルを実践する意義を説いた。柳氏は「日本企業がESG経営を実践して自社のESGを見える化すれば、企業価値が倍増して(日本企業への市場の評価を映す指標の一つである)日経平均は4万円になる」と断言する。
今日、グローバルでは資本市場の3分の1以上に当たる3000兆円超の資金がESG関連に投資されており(注1)、企業価値を表す株価や時価総額にESGの要素が織り込まれるようになっている。そうした中で、「日本企業は今、“不都合な真実”に向き合わなくてはならない」と柳氏は指摘する。
企業の時価総額が会計上の純資産(簿価)である貸借対照表の総額の何倍かを示す指標「株価純資産倍率」(Price Book-value Ratio:PBR)の平均値の推移を過去10年間にわたって日米英の企業で比較したところ、英企業は2倍弱、米企業は4倍弱にまで上昇したのに対して、日本企業のPBRは1倍程度にとどまっており、会計上の簿価純資産とほぼ変わらない状態で推移している。
(注1)GSIA(The Global Sustainable Investment Alliance)『2018 Global Sustainable Investment Review』。
「つまり、米英の企業は財務諸表やPBRでは分からない“見えない価値(Invisible Value)”を可視化したことで市場から一定の評価を得ているのに対して、日本企業はESGの付加価値が市場でほとんど認識されていないのです」(柳氏)
日本企業のESGの価値が認められない問題の根源には、企業側にESGの定量化モデルが欠如しており、情報開示や投資家との対話不足があり、投資家にもESGhへの理解不足があると考えられる。ただし柳氏は、この状況を悲観することはないと話す。
「多くの日本企業は“やればできる子”であり、潜在的に大きな価値を秘めています。日本のGDPを踏まえると、少なくとも日本企業の平均PBRは2倍程度にできると私は信じています」(柳氏)
コンサルティング会社の米オーシャントモの調査によれば(注2)、「S&P 500」を構成する米国企業の企業価値は、かつては財務諸表で示された見える価値/有形資産で8割が評価され、残りの2割程度が見えない価値に対する評価だった。それが近年は逆転して見えない価値が8割、財務諸表の価値が2割を占めるようになった。2020年には、何と企業価値の9割を見えない価値に対する評価が占めるという。
(注2)Annual Study of Intangible Asset Market Value from Ocean Tomo, LLC(https://www.oceantomo.com/media-center-item/annual-study-of-intangible-asset-market-value-from-ocean-tomo-llc/)
今や見えない価値に対する評価が企業価値のほとんどを占めており、それを市場で正しく評価してもらうことで日本企業の価値を高められるというのが柳氏の主張だ。実際に柳氏がCFOを務めるエーザイは、財務諸表の純資産約7000億円に対して時価総額は約3兆2000億円であり(いずれも講演時)、差額となる約2兆5000億円は市場が評価した同社の財務諸表には表れない価値だ。
他の日本企業も、現在は市場が認識していない自社の見えない価値を可視化することで、企業価値を高められるはずだ。それに向けた実践の枠組みを提供するのが柳モデルだ。
「ESGの価値を定量化して説明できれば、日本企業のPBR(株価純資産倍率)は先進国平均並みの2倍になるはずです。それによって日本企業の価値は倍増し、令和の時代に日経平均は4万円になるのです」(柳氏)
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