「問題を先送りするな」 キンドリル社長が語る日本企業の“DXを阻む壁”と“変化の芽”トップインタビュー2023

IBMから独立したキンドリルジャパンは、顧客のITインフラ変革を支援するパートナーとして決意を新たにしている。同社社長の上坂貴志氏が、日本企業のDX推進を阻むハードルとこれを打開するために企業がどう変化すべきかを語った。

» 2023年01月25日 07時00分 公開
[吉田育代ITmedia]

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 2021年、IBMのマネージドインフラストラクチャサービス部門から独立して誕生したKyndryl。その日本法人であるキンドリルジャパンにとって、実質的な設立元年といえる2022年は期待のこもった企業からの問いに答え続ける一年だった。その一方で、インフラ構築や運用という領域で伴走する同社には、停滞している日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の課題もつぶさに見えている。2023年、日本企業はどう進むべきか。同社自身の展望も踏まえて、代表取締役社長の上坂貴志氏に話を聞いた。

「真の実力は?」との顧客からの問いに答え続けたキンドリルジャパン元年

──2022年は貴社にとってどのような1年でしたか?

上坂貴志氏(以下、上坂氏): 2022年はIBMから分社化後、はじめて新たな年を迎え、IBM時代にしてきたことをきちんと継続できるか、また、分社したことでの価値を出せるか、といった顧客からの問いに答えるための1年でした。ミッションクリティカルなシステムのITインフラを担うのがわれわれの仕事ですが、日本企業が今後ますますDXに本腰を入れる中で、この領域を任せられるのはシステムインフラの現状を知り、独立会社となったキンドリルジャパンだ、というご期待を今まで以上にいただいた実感があります。

 業績という面でも、売り上げ全体として堅調に成長を遂げ、アドバイザリー&インプリメンテーションサービスという、ITコンサルテーションから構築につなげるビジネスは2桁成長を達成しました。顧客自身の取り組みトレンドが、そのまま当社の業績にも反映されたという印象を抱いています。

──メガクラウドやハードウェア、アプリケーションベンダー大手などとのアライアンスにも力を入れられていましたね。

キンドリルの上坂貴志氏

上坂氏: IBMから独立したということで、当初はわれわれの方から一緒に組ませてくださいと話を持ちかけてスタートしました。ところがふたを開けてみると、ITインフラ構築というのは、非常にパートナーが求められていた領域でした。コンサルティングファームにしても、「アプリケーションは担えるがITインフラまではなかなか手が出せない」というお話をよく聞きます。そこを担うパートナーとして当社が選ばれたわけです。ありがたいことに「組みやすい」「仕事がしやすい」と言っていただいています。年頭はこちらでいろいろなパートナーリングを企画しましたが、夏過ぎごろからは、むしろパートナー各社からお声がけをいただくことも多くなりました。これは業界でキンドリルジャパンを認知いただいた結果ということで喜んでいます。

 ただしアライアンスというのは、あくまで何かやりたいことが生まれたときに、最良のパートナーシップを考えるものであって、いたずらに数を競うものではありません。重要なのはその取り組み内容で、2023年はより一層中身の部分を明確にしていきたいと考えています。

「過去のやり方が正しい」と思っているかぎり、日本のDXは進まない

──アドバイザリーサービスやインプリメンテーションサービスが活況ということは、日本企業もいよいよDXに対して本気になったということでしょうか?

上坂氏: 真剣にやらなければいけないことは十分に理解されていますし、PoC(概念実証)レベルのトライアルは数多く取り組まれています。しかし、これを「このまま続けていてよいのか」「確かな結果を出すためには結局どうすればいいのか」と企業の中で迷いが生じていて、その部分からご相談いただいたというケースが多かったように思います。事実、2022年9月に、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が「世界デジタル競争力ランキング2022」を発表しましたが、日本は29位に甘んじており、デジタル化の遅れは顕著です。じくじたる思いです。

──遅れの原因や日本企業の課題はどこにあると思われますか?

上坂氏: 1つは従来通りの発想が残っている点だと思います。リアルの世界では支店という考え方があります。支店にひもづく店番があり、商品科目があり、口座番号があり、という形で管理を行っていますが、もうデジタル・ネットの世界になれば、店番というのはほとんど意味を持ちません。コールセンターやヘルプデスクでも店舗や地域を単位に配置しがちですが、ネット中心になると企業全体で1つです。つまり部門や部署の考え方をより全体最適に向けてあらためていかなければなりません。ITでいえば、部門ごとにサーバシステムを持っているというところから、どんどんセンタライズさせていくということです。特にシステムインフラの高度化は進化が著しく進んでおり、業務単位でシステムを持つことは非効率で、部門単位でもまだまだで、「全社で一つあればいいのではないか」「自社で持つ必要があるのか」というところまで話が進みつつあります。

 これは実際に受注した案件ですが、それまでメインフレームはメインフレームのオペレーター、WebシステムはWebシステムのオペレーターがいるという具合に、カテゴリー単位で運用手順書、運用要員、運用のための資源が存在していました。このお客さまは「もうキンドリルはIBM以外のところもやれるのだから、基幹系、Web系関係なく全て面倒みてください」とおっしゃってくださり、運用領域で全体最適を図りました。そのように時代は動いています。

 もう1つは、DXにおいて目的と手段の整理がついていない点です。先ほどの話にもつながるのですが、トランスフォーメーションというのは非常に大きな改革で、しかもこれだけ不確実で予想が難しくなった世界の中で行うわけですから、それなりに長い目で大きな投資を覚悟する必要があると思います。しかし、いまだ未来が容易に予想できた時代のままの基準でリターン・オブ・インベストメントを算出し、取り組みを評価しようというきらいがあります。どうしても今までのやり方から脱却できないというか、過去にやってきたやり方が正しいという考え方が断ち切れないところに、大きな課題があるのではないかと思います。

ハードルが高くても、やるべきことは先延ばしせず直ちに着手を

──このような課題の解消に向けて、日本企業はどう変わっていく必要があるでしょうか?

上坂氏: 複雑でもハードルが高くても、やるべきことは先延ばしせず直ちに着手することが大事です。基幹システムをメインフレームで稼働しているとしましょう。ITインフラ変革を考えようというときに、現行システムを知っているエンジニアがすでにどんどん高齢化していて、若い方もあまり投入されていないというケースはよく見受けられます。これは大きなリスクです。それにもかかわらず「基幹システムに手を入れるのはもう数年待ってから」と判断され、簡単に手をつけられるところから始めるという傾向があります。

 事情はもちろん理解できます。今、特に困っていることがあるわけではなく、検討を重ねていくと今やらなくていい理由がたくさん見つかります。しかし基幹システムは複雑なシステムで、対応に1年2年かかるものもあります。3年後に着手するとなると完成は5年後です。そこまで現行システムを理解しているエンジニアが残っているのか、もしかしたら決断したことが実行できなくなってしまうかもしれない、それぞれの顧客システムの根幹を把握している方が高齢化し、質の面でもクリティカルであるだけでなく、量の面でも足りなければ調達できるという時代ではなくなっていることなど、現実的な想像があまりできていない。「先送りすることが本当に目的にかなっているのか」をしっかり見極める必要があります。

 変化の芽は生じていると思います。少し前までは、お話にうかがっても「いやいや自分の代ではとても」と言下に否定されるケースも多々ありました。しかし、今は「自分の代で実現させたい」と考える経営トップの方が増えており、だいぶ変わってきました。経営者がやると決めた、あるいは経営トップが信頼しているCIO(最高情報責任者)が実行すると決めたことを、全体最適の観点をもって皆で信じて推し進めていくということが非常に大切です。

──キンドリルジャパンとしては、このような本気のDXを具体的にどう支援されていきますか?

上坂氏: 1つは、2022年に9月に発表した「Kyndryl Bridge」です。これはKyndrylのコアの強みやデータ駆動型の洞察などを活用しながらITソリューションを提供するデジタル統合プラットフォームです。ITインフラ運用をより徹底的に、グローバルレベルで統合していこうというもので、ここで標準性を高めたり、AI(人工知能)活用やデータ活用によって自動化を進めたりします。これによって障害の原因となる部品が見つかったら、速やかに情報を水平共有して交換するといったことが可能になります。これまで顧客単位で考えてきたIT運用の最適化をキンドリル全体として全体最適化した上で、品質面も効率面も上げた形で均一に提供するといったことが、Kyndryl Bridgeによって実現できます。

 また、顧客との共創の場である「Kyndryl Vital」、構想、設計、実装、発展という継続的なモダナイズにより地に足がついたアドバイザリーサービスを行う「Kyndryl Consult」を活用します。いわゆるコンサルタントという肩書を持つ人がコンサルティングするのとは少し違い、われわれの最大の強みは、顧客と一緒にシステム構築に携わってきたという実績にあります。そのため現場でサービスを提供しているメンバーが顧客とディスカッションしながら「今ここにいるので、次はここを目指しましょう」と、現実味のあるアドバイスをしながら、実装までを、共に取り組んでいきます。

自らに成長を課しながら、日本のDXを全身全霊で支えていく

──2023年の展望や抱負をお聞かせください。

上坂氏: まずはITインフラ面で日本企業のDXを全面的にサポートするということですね。われわれが現在やっているということは本当に地味かもしれませんが、必要とされていることだと思っています。ITインフラも、クラウドが主流になるに連れてカバーする領域が変わりつつあります。現在はミドルウェアやツール、パッケージなどもITインフラの範囲で提供できるものが増えており、ITインフラのケーパビリティというのは以前よりずっと広がっています。そこは技術力に自信を持って、当社がしっかり前面に立つ形でデジタル化、高度化を図りながら顧客のお手伝いをしていきたいと考えています。

 そのためには、われわれ自身も成長を続けなければなりません。ハイパースケーラークラウドやVMware、SAPといったエコパートナーの技術習得を強力に推進し、そのための投資を大幅に増やしつつあります。本当の意味でのマルチクラウド運用サービスをわれわれが難なく担えるようになるために、技術力を人につけることが最優先と考え、取り組みを進めています。

 その一環で、コロナ禍も落ち着いてきたこともあり、キンドリルグループのグローバルでの物理的な交流も積極的に進めていこうと考えています。具体的には、グローバルのメンバーが日本に来たり、日本のメンバーがグローバルに出ていったりする動きが出ています。また、私の上司であるエリー・キーナン(Kyndryl Group President)の補佐は日本のメンバーですが、リーダーの振る舞いや各国の情勢をいち早くつかめるポジションに日本のメンバーがいることを心強く思っています。

──最後に日本企業に向けてメッセージをいただければ幸いです。

上坂氏: DXの達成に向けて、しなければいけないことはめじろ押しです。日本のデジタル競争力ランキングが29位というのは非常に歯がゆく、ぜひ日本企業の皆さまが取り組みたいと思うことをどんどん共有いただければ、われわれがエコパートナーシステムを構成してきちんと手を組み、全力で支援させていただきます。

 また、「善は急げ」「大きな効果を生むには大きな決断が必要」とも申し上げたいと思います。リスクを全く取らないで大きな効果を出そうとしたり、自分たちが変わろうとせずにコストダウンだけ求めたりというのは、もう実際のところ困難です。変わらなければ変われません。それは強く進言したいところです。

 そして、DXはトップだけが考えることではありません。企業全体で考えることです。「誰かが考えてくれる」と1人でも思っていると、それだけその企業のDXは遅れます。全従業員で進めていくという姿勢が最も重要なことだと思います。

──ありがとうございました。

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