エンタープライズ領域でクラウド活用してきたゲオがオンプレミスに戻るワケ

クラウド活用にはメリットも多い。一方で組織によってはメリットを享受できないかもしれない。実際に2015年よりクラウド活用を推進してきたゲオが、ここにきてオンプレミスに戻る判断をしている。ゲオの狙いやクラウドに対する豊富な経験値、クラウドを生かせない企業の特徴、そしてゲオの組織の強みを聞いた。

» 2023年03月07日 08時00分 公開
[関谷祥平ITmedia]

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 DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の過程でクラウド移行を考える企業も多いが、移行そのものが目的になってしまうケースもあるようだ。「移行で予算が増えた」「聞いていたメリットが享受できない」といった声も聞く。

 このような状況に陥る原因は「自分たちにクラウドが必要かどうか」を見極められていない点にあるだろう。クラウドのメリットを享受できるかどうかは、クラウド移行後に成し遂げたい目標を明確にし、「そのために本当にクラウドが必要なのか」を判断しなければならない。

竹内 誠氏

 この事にいち早く気付き、今まさにクラウドからオンプレミス環境へ戻っているのがゲオホールディングス(以下、ゲオ)だ。

 2015年よりクラウド活用を始めたゲオだが、なぜクラウド活用がブームになっているこのタイミングでオンプレミスに戻るのか。同社の竹内 誠氏(情報システム部 次世代システム開発課 マネジャー)に話を聞いた。

エンタープライズ領域でクラウド活用してきたゲオ オンプレミスに戻るワケ

 ゲオは2015年にAmazon Web Services(以下、AWS)の活用を始めており、竹内氏は当時のクラウド移行を担当した人物だ。同氏によれば、ゲオは当時「Oracle Exadata」を使っていたが、一部機能の挙動が課題を抱えていたため、その部分を「Amazon Redshift」に移行した。Amazon Redshiftの動きが比較的に良かったことから、社内的なAWS移行を決め、基幹システムのリフトを実施した。

 早い段階からクラウド活用を始めていたゲオだが、どのようなメリットを感じたのだろうか。

 竹内氏はメリットについて、「ゲオは店舗の海外展開なども行っています。海外で一部のレガシーシステムを稼働させるために安全で安価なVPNの利用を検討しましたが、設定などの業務は複雑です。一方、クラウドであれば海外のリージョンにサーバを立てれば比較的容易に国をまたいだ通信が実現できます」とした。

 クラウドであれば、機材調達に時間がかからず組織のアジリティを向上できることはもちろん、保守作業などもベンダーが行うためユーザーの負担は少ない。また、これらの作業をベンダーに任せれば、ユーザーは本来の自分たちのビジネスに専念できる。

 このようなメリットを踏まえた上で、なぜゲオは一部サービスをオンプレミスに戻すのか。竹内氏は「クラウドの収益モデルは基本的に従量課金制です。一方、ゲオのビジネスモデルはサイトに多くのユーザーが来てくれるだけでは収益を生みません。場合によっては『社員のアクセスが増えただけ』というタイミングもあるわけです。このような状況で従量課金制のクラウドを活用していると、コストばかりが増えて収益が無くなることも考えられます」と指摘する。

 つまり、組織の中でクラウドとオンプレミスのどちらが適しているかを、サービスごとに判断することが大切になる。竹内氏はこの点について、「AI(人工知能)周りはオンプレミス、データ周りはクラウド活用が有利だ」と話す。

 「『AIはすごい』という印象を持ちがちですが、オープンソースのものを利用すれば個人でもAI活用はできます。クラウドサービスでAIを使って動画解析に『1分あたり数円〜数十円』などでコストをかけるのは得策ではない気がします。一方で、今後もクラウドを使う可能性があるのはやはりデータ周辺です。OSレイヤーは複雑なのでクラウドに頼るのが楽でしょう」(竹内氏)

クラウドを活用すべき企業 オンプレミスも選択肢に入れるべき企業

 クラウド活用に励む企業が多い中で、どのような企業にクラウドとオンプレミスは有効なのだろうか。

 竹内氏は前者に当てはまる企業として、「システム関連の作業を全て外部に委託しているが、自分たちでそれらを管理してアプリケーションなどを構築したい企業」はクラウド活用のメリットを引き出しやすいと指摘する。

 後者に当てはまる企業は「自分たちで全てやっている企業」となる。竹内氏によれば、IOPS(入出力操作毎秒)などを基準にクラウドとオンプレミスを比較すると、一般的な使い方であれば、オンプレミスの性能はクラウドよりも特定領域については優れる。この「特定領域の性能向上」を生かせる企業はオンプレミスの活用も考えられる。

 「オンプレミスの方がクラウドよりも性能を出しやすいのは間違いありません。それを踏まえると、システム管理を自社で適切なコスト、高いアジリティで運用している企業はよほどの理由がない限りクラウドに移行する必要はないと思います」(竹内氏)

なぜゲオはDXが進むのか 重要なのは組織のDNA

 DXを推進するために「DX推進部」といった部署を立ち上げる企業は少なくない。この部署立ち上げが本当にDX推進に役立てばよいが、一概にそうではないのが実情だ。ゲオは2015年よりクラウド活用をはじめ、一般的に「DXに分類される取り組み」を組織としてこれまで推進してきた。早い段階でのDX推進を実現できた背景には、ゲオの社風やDNAが関係している。

 「ゲオは特にDX推進部のような組織は持っていません。大事なことは『自分たちでビジネスを作っていく』という意識を全員が持つことではないでしょうか。特に、このような意識をエンジニア側が持つことが重要です」と竹内氏は述べる。

 このような社風を作る際、チーム単位で目標を掲げたり個人で意気込みを持ったりすることはあまり意味がない。「大事なことは、会社の経営理念などで全員を引っ張ることです」と竹内氏は指摘する。

 「他社のエンジニアは上から命令されてその通りに作業することが多いようですが、それではダメです。ゲオでは事業部などから新たな要望があっても、それが本当に必要かを社内横断的に検討し、最悪の場合は断ることもあります。事業部に自分たちから提案することもあり、このような風通しのよさがDX推進には欠かせないと思います」(竹内氏)

オンプレミスに戻るシステムがある中でゲオが抱える課題は

 竹内氏はゲオが抱える課題に「約10年にも及ぶ基幹システムの運用」を挙げる。同じシステムを使い続ければ、結果として新たな人材の育成やスキルの向上を阻む原因にもつながることもある。

 「クラウドは楽に活用できますが、組織として変化を起こさなければチャンスを見つけることはできません。今後は今のシステムをオンプレとクラウドに分散し、コスト面やパフォーマンスも含め構成を抜本的に見直すなどの挑戦も必要になると考えています。その変化の中で新たなチャンスを見つけるのがゲオです」(竹内氏)

 この「変化の中でチャンスを見つける」という社風が、迅速なクラウド活用やオンプレミスの再活用への取り組みを支えている。このような組織的な変化をどのように推進していけるかがゲオには問われているという。

 「オンプレミスだとセキュリティ面が不安だ」という意見について竹内氏は「どっちもどっちではないでしょうか」と意見を述べる。例えば、クラウド環境ではミスコンフィギュレーションの予防や対応、オンプレミス環境では万が一に攻撃を受けた際のふるまい方の熟知が組織には求められる。どちらの環境でもセキュリティリスクは存在する。

 「『クラウドは安全だ』といわれることがありますが、リスクがないわけではありません。安心しきって組織の重要なデータなどを全てクラウド環境に置き、何か起きた際に対応できなければ大問題です。『クラウドだから』と信用しすぎてはいけません。また、オンプレミスでも最善のセキュリティ対策を講じられます」(竹内氏)

 同氏は今後に向けて、「ゲオではソフトウェアの開発なども社内で推進してきました。そのような考えから、サイバー攻撃に関しても対策を練ろうと思っています。人材の育成や採用など、簡単ではありませんが前向きに進めています」と語る。

 竹内氏は最後に「クラウドでもオンプレミスでも、大事なことはその先の理由です。使うこと自体が目的になってはいけません。DX推進の目的がクラウド移行になっている企業もあるようなので、企業は再度、自分たちの目的を明確にして最善な道を選んでください」とエンタープライズに向けてコメントした。

 DXが組織のDNAになっているゲオ。今後もどのように組織改革が進むのか注目だ。

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