「空気でなくモノを運ぶ」ためにITは何ができる? 業界・業種を超えた物流データ基盤構築への道【特集】物流Techのいま(1/2 ページ)

荷物の数が増加する一方で、ドライバー不足が深刻化している物流業界。トラックの積載率が低く、「空気」を運んでいる状態を改善するためにITは何ができるのか。

» 2023年03月31日 15時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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 「2024年問題」をはじめとする物流が抱える「貨物件数は増加の一途をたどっているのに対し、それを運ぶドライバー不足がどんどん深刻化していく」問題は、業界を超えた社会課題となっている。

現状では「モノよりも空気の方を多く運んでいる」

 一方で、日本のトラックの容量に占める荷物の量を示す積載率は40%未満と低く(注1)、荷物よりも「空気」を多く運んでいるのが現状だ。つまり、将来的な労働力不足という課題よりも手前に既存のリソースを十分に活用できていないという課題が存在している。

 労働人口の減少と高齢化が進む中で、従来のような「人海戦術で何とか頑張る」やり方で課題を解決できないのは明らかだ。政府もこうした状況を「物流クライシス」と呼び、危機感を募らせてきた。

 こうした危機感から生まれたのが「SIPスマート物流サービス」のプロジェクトだ。本稿では同プロジェクトの目的などとともに、スマート物流サービスのサブプログラムディレクターとして、物流・商流データ基盤における要素基礎技術研究開発に携わった富士通の坂本浩之氏(次世代交通システムインテグレーション事業部 エキスパート)のコメントを紹介する。

 SIPとは内閣府に設置された総合科学技術・イノベーション会議を司令塔とした「科学技術イノベーション実現のために創設した国家プロジェクト」だ。取り組みの対象となるテーマはさまざまで、2014年度から開始した第1期で11課題(「重要インフラなどにおけるサイバーセキュリティの確保」のみ2015年度から)、2018年度からは第2期の12課題が推進されている。スマート物流サービスは第2期の12課題のうちの一つだ。

 SIPの特色として、産学官連携で基礎研究から実用化、事業化までを見据えた研究開発であることが挙げられる。なお、SIPスマート物流サービスは2023年3月で終了し、同年4月からは実用化(社会実装)に向けた期間に入る。

 これまでも複数の企業が協力して商品を運ぶ「共同配送」が一部で行われてきた。しかし、参加する企業同士がライバル関係にあるため協力するための仕組みづくりやその維持が難しかったり、各企業が別の物流システムを利用していることでデータの標準化が難しかったりといった課題があり、順調に運用されているとは言い難いのが現状のようだ。

スマート物流サービスが目指す姿にITはどう貢献する?

 では、スマート物流サービスはどのような姿を目指し、そこにITはどのように貢献するのだろうか。

 「SIPスマート物流サービス 最終成果報告書」によると、現状の課題として「非効率なサプライチェーン」が挙げられ、メーカーや卸、小売り企業のデータベースが互いに連携していない状況が指摘されている(図表1)。

図表1 SIPスマート物流サービスの概要(出典:「SIPスマート物流サービス 最終成果報告書) 図表1 SIPスマート物流サービスの概要(出典:「SIPスマート物流サービス 最終成果報告書)

 これに対して「目指す世界」で描かれるのが、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムで実現するとされる「Society 5.0」を構成する物流システム「フィジカルインターネット」だ。経済産業省の「フィジカルインターネット・ロードマップ」によると、フィジカルインターネットは、データをパケットという形で定義してプロトコルを定めることによって不特定多数での通信を実現したインターネットの考え方をフィジカル(物流)に適用することを基本的なコンセプトとしている。

図表2 フィジカルインターネットの考え方(出典:総務省「平成の情報化に関する調査研究」IPIC 2018 Eric Ballot プレゼン資料)(注2) 図表2 フィジカルインターネットの考え方(出典:総務省「平成の情報化に関する調査研究」IPIC 2018 Eric Ballot プレゼン資料)(注2)

 業界や業種を超えて物流リソースを共有化することで商品のやりとりを高度に効率化することを目指す。ただし、経済産業省が主催する「フィジカルインターネット実現会議」はフィジカルインターネットの実現時期として2040年を目標年に掲げており、実現までに十数年かかるという認識だ。

物流・商流データ基盤構築の意義とは

 フィジカルインターネットの実現までの間に物流が解決すべき課題として挙げられているのが「生産性向上」「トラック積載率向上」「在庫量削減」「トレーシング強化」だ。トレーシングとは、ある商品の製造から消費者の手に渡るまでの過程を追跡することを指す。

 こうした課題を改善するため、SIPは物流・商流データ基盤の構築と、自動データ収集技術の開発に取り組んできた。特に前者の物流・商流データ基盤は、協調領域としてデータ交換や利活用をする上での基盤として実装すべき要素技術の研究開発と、これまで物流業界で課題になってきたデータ標準化を図るものだ。

 このデータ基盤のミドルウェア部分に当たる「要素基礎技術」の研究開発、及びSIPスマート物流サービスで公開した『物流情報標準ガイドライン』を標準実装したデータ基盤の社会実装を担当するのが、富士通だ。

図表3 SIPスマート物流サービスにおける富士通の役割(出典:富士通の提供資料) 図表3 SIPスマート物流サービスにおける富士通の役割(出典:富士通の提供資料)

 富士通が物流・商流データ基盤のために開発した要素基礎技術には次の4つがある。

  1. アクセス権限コントロール技術:データ技術者が利用者ごとのアクセス権限をきめ細かく設定できる機構により、安心してデータを提供できるようにしたもの。提供者が登録エータの公開、非公開などのアクセス権限を簡単に設定できる
  2. 非改ざん性担保技術:改ざんが検知された場合に提供者が操作ログを追跡できるようにした。正当な権限を持つ管理者でも変更できないように履歴を管理することで証跡を追跡して不正操作からの確実な復元を可能にした
  3. 個別管理データ抽出・変換技術:物流・商流データ基盤に提供するデータを独自形式から共通形式へ変換する技術。PBE(Programing by Example)技術を活用し、先行する数十社のデータ変換事例を学習することで新規参入事業者の変換作業を効率化し、参入障壁を下げた
  4. 他プラットフォーム連携技術:個別のプラットフォームのデータを連携する際、互いのデータ入出力に負担がかからないように、先行するプラットフォームのルールに適合させる技術。ブロックチェーン技術を拡張した連携アプリ(アダプター)を提供することで流通データの真正性を確保した

 上記に加えて、社会実装に向けて業界を横断したデータ連携や情報分析が可能になるよう、『物流情報標準ガイドライン』への対応や共通処理方式の開発を実施した。

 富士通の坂本氏は要素技術の研究開発について次のように語る。

 富士通の坂本氏 富士通の坂本氏

 「今回のプロジェクトは、ミドルウェアの研究開発と社会実装としてくためのデータ基盤構築を行うため、普段フィールドでお客さま向けにシステム構築を行っている部隊、ミドルウェアの製品開発を行っている組織といった、組織を超えた体制が必要でした」

 プロジェクト開始当初は、各組織が普段行っている仕事の性質上、コミュニケーションに難航する場面が多々あったため、サブプログラムディレクターという立場で、研究開発責任者や社会実装責任者、リーダーとのコミュニケーションを密にしたという。「研究推進法人とのコミュニケーションギャップを生まないように調整することに注力しました」(坂本氏)

 また、今回のミドルウェアに関しては、富士通の戦略に沿ったものを採用することにした。「富士通の中で亜流にならないようにしようという申し合わせをしていました。その結果、今回のデータ基盤は、組織の壁を超えた一体感のあるものに仕上がったと感じています」(坂本氏)

 今後、物流・商流データ基盤は、物流・商流データ基盤サービス(仮称)として5つの業種等データ基盤をターゲットに事業展開し、追加業種を拡大していく。

 物流・商流データ基盤サービス(仮称)の全体像は以下の通りだ。

図表4 物流・商流データ基盤サービス(仮称)の構成(出典:「SIPスマート物流サービス 最終成果報告書」)g 図表4 物流・商流データ基盤サービス(仮称)の構成(出典:「SIPスマート物流サービス 最終成果報告書」)
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