Wix「すぐにFinOpsに取り組むべきだ」 同社のノウハウと成果を聞いた取り組みたいけど難しそうなFinOps

FinOpsに注目が集まる一方で、実際に取り組むのは簡単ではない。そんな中、約6年にわたりFinOpsを実践してきたのがWixだ。同社が得たFinOpsのノウハウや取り組む中での課題、そしてFinOpsによる成果を聞いた。

» 2023年06月23日 08時00分 公開
[関谷祥平ITmedia]

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 クラウド活用がビジネスのスタンダードになりつつある中、コスト管理に頭を悩ませている企業も多い。このような背景から、近年注目を集めているのが「FinOps」だ。FinOpsはクラウドの運用経費を管理し、財務面での説明責任を果たすことを目的としたフレームワークだ。しかしこれを実践するとなると難しく、うまくいっている企業はごくわずかだ。本稿ではFinOpsの取り組みで成果を出しているWixの事例を紹介する。

Wix「すぐにFinOpsに取り組むべきだ」 同社のノウハウと成果を聞いた

 クラウドベースのWebサイト作成ツールを提供しているWixは、2006年の設立以降、日本を含む191カ国でビジネスを展開してきた。同社は2017年から「Amazon Web Services」(AWS)や「Google Cloud」を主軸にクラウドを利用し始めた。従来のオンプレミスからクラウドへのマイグレーションに要した1年間が、WixのFinOpsにとっても重要になったという。「コスト最適化のため」に取り組む印象があるFinOpsは、クラウド活用がある程度進んでいる企業が財務面での課題から取り組むケースが多い。一方でWixは、クラウド活用を始めると同時にFinOpsへの取り組みに着手した。

デヴィア・ミズラヒ氏

 この点についてWixのデヴィア・ミズラヒ氏(ファイナンシャルエンジニアリング統括)は、「FinOpsはコスト最適化のためだけに取り組むものではありません。FinOpsの大きな目的はクラウドに適切に投資されているかどうかを確かめることです」と理由を話す。

 「FinOpsはクラウドコストを100ドルでも200ドルでも下げようとする活動だと思われがちですが、本当に注目しなければならない点は『その100ドルや200ドルがそれ以上の価値を生み出せているか』を見極めることです」(ミズラヒ氏)

 このような考えから、Wixはクラウド活用を始めると同時にFinOpsに取り組み始めた。しかし、新たな概念であるFinOpsに対し、組織としてどのように取り組みを推進すべきか悩んだという。その解決策としてWixが実践したのが「シフトレフト」だ。これはビジネスや財務に関するKPIをエンジニアをはじめとするさまざまな職種の従業員に課すことで、全従業員のFinOpsに対する意識を強めるというものだ。

 「FinOpsに関する特定のチームを立ち上げたわけではありません。『どのような体制でFinOpsに取り組んでいるか』と聞かれれば“従業員全員”ということになります」(ミズラヒ氏)

 KPIの設定方法に関してミズラヒ氏は「チーム内で『ビジネスの目的』とそれを達成するための『ワークロード』を設定します。そしたらどのようにワークロードを効率化できるかを検討し、それに合わせて指標を設定します。例えば組織内における1件当たりのリクエスト認証にかかるコストを下げるなどです。仮にそのコストが上がったら『なぜ上がったのか』『ビジネスにどのような影響が起きているのか』を確認します」と解説した。仮にコストが上がっても、それが利益につながる必要経費であれば、無理にコスト削減に取り組む必要はない。

 ミズラヒ氏はWixにおけるFinOpsの取り組み方法として以下の5つを挙げた。

1. クラウドコストをダッシュボードで可視化し、ビジネスロジックの適用やポリシーの作成、財務的なKPIをワークロードに適用し、チームにトレーニングを実施

2. 現在のリソースを有効活用できているかの見直し、組織内での「無駄」を可視化

3. ワークロードに沿った取り組みがビジネスに価値を生み出しているかを確認

4. 運用面やワークロードの定期的な見直し

5. データ価値の定期的な見直しやエンジニア側でのガバナンスの構築、エンジニアリングチームへの継続したトレーニング

 「FinOpsに取り組みたい企業は“自社の狙い”をまずは見極めることです。それが分かればワークロードを定義する際に何が必要なのかが明確になります。それをベースにそれぞれのステップに取り組んでください。組織風土や組織のDNAを無視して『CCoE』(クラウド活用推進組織)などがFinOpsに取り組んでも効果は出ないでしょう」(ミズラヒ氏)

そうはいっても一筋縄ではいかないFinOps 取り組みの中で感じた課題

 FinOpsにかれこれ約6年間取り組んでいるWixだが、その過程には多くの課題があったという。ミズラヒ氏が挙げた課題は以下だ。

  • エンジニアがコストへの配慮を優先するまでに時間を要した
  • コスト面からのアプローチを優先し、コスト管理のダッシュボードに多大な労力を費やしてしまった
  • コストに関するレポートを見てから「インシデントが発生したのか」「ランレートが伸びたのか」を理解していた
  • ワークロードの監視が「事後」になってしまった
  • ハードウェア上で稼働しているワークロードを把握するより、ハードウェアそのものの利用率を重要視したため、利用率が高くても実は不必要だったり、リソースの無駄となったりしているインスタンスがあった
  • クラウド上のワークロードへのタグ付けや色付けは戦略ではなく「手段」だったので、クラウドのアクティビティーを組織的に可視化するのに苦労した。そこで組織全体でタグ付けを義務付ける戦略を導入した
  • ハードウェアの配備を担当するチームとそれをリクエストするチームが明確に分かれていなかったため、ワークロードのビジネス上の目的が何なのかを理解することが課題になった。また、ハードウェアを監視する方法は把握していたが、アプリケーション側からはハードウェアがアプリケーションにどのような影響を与えるのか分からなかった。一例として誰かがインデックスのないデータベーステーブルに非効率なクエリを導入したらマシンの負荷が増加した。それに対応するためにハードウェアの管理者は、クエリの改善や運用の効率化ではなく、インスタンスを増加した

 「FinOpsの取り組みを始めた当初は、コスト最適化に焦点を当て、それがゴールだと考えていました。その後、単純にコストを削減するだけでなく、Wixの事業を効率的に経営することが大切だと理解しました。より良いプロジェクトライフサイクルを構築し、無駄が生じる前に積極的に取り組む必要がありました」(ミズラヒ氏)

 ではFinOpsを通してWixはどのような成果を上げているのだろうか。

 ミズラヒ氏によれば、Wixは非GAAP(一般に公正妥当と認められた会計原則)ベースの営業費用に関して、2022年第4四半期は前年同期比12%の削減、2023年第1四半期には前年同期比24%の削減に成功した。また、2022年はクラウドの経費を25%以上も削減したという。

 同氏は最後に「できる限り早くFinOpsに取り組み始めるべきです。なぜならFinOpsの取り組みは企業の利益につながるからです。コスト最適化はもちろん、組織全体を効率化し、ビジネスをさらに加速させましょう」と話し、取材を終えた。

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