「Windows 10のサポート終了をDX推進に利用しない」 日本マイクロソフトの“スタンスが変わった”ワケ

中堅・中小企業におけるDXは生成AIなどの登場で進展する可能性がある。その中で日本マイクロソフトが取り組むこととは。

» 2023年06月27日 07時52分 公開
[大河原克行ITmedia]

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 日本マイクロソフトは2023年6月22日、中堅・中小企業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援する取り組みについて説明会を実施した。同社は説明会の中で、AI(人工知能)を活用した支援を強化する姿勢を示した。

「Windows 10のサポート終了をDX推進に利用しない」 日本マイクロソフトの“スタンスが変わった”ワケ

日本マイクロソフトの三上智子氏

 日本マイクロソフトの三上智子氏(コーポレートソリューション事業本部長兼デジタルセールス事業本部長)は説明会の冒頭、「AIは日本の中堅・中小企業の生産性向上に向けて、大きな起爆剤になる可能性がある。生成AIの登場などで、より多くの人がAIを活用できる環境が整ってきた。AIを活用するには『オンプレミス環境からクラウド環境へシフト』『業務プロセスをデジタル化』『働き方に関するデータを蓄積』することが大切だ。その準備を今から行えば、『Microsoft 365 Copilot』がリリースされた際に迅速にAIを利用できる」と話し、AIの重要性を説いた。

 日本企業は世界的にも労働生産性が低い。さらに、日本における中堅・中小企業の生産性は大手企業の3分の1の水準だ。少子高齢化に伴う労働力不足も指摘されており、将来的にビジネスを成長させていくにはAIが不可欠になるかもしれない。

 「日本企業の62%が『AIを活用すれば単純労働の仕事量が減らせる』と考えており、31%が『AIは生産性向上に貢献する』と考えている。『GPT-4』を搭載した『Microsoft Bing』も日本での活用が多い。AIは日本を元気にする源泉になる」(三上氏)

AIへの期待(出典:日本マイクロソフト提供資料)

 日本マイクロソフトは自社製品にAI機能を搭載した「Copilot」シリーズを相次いで発表しており、既に「Microsoft Dynamics 365」や「Microsoft Power Apps」などで利用可能だ。また、ISV(独立系ソフトウェアベンダー)の製品やサービスでは「Azure OpenAI」の活用が進んでいる。

MicrosoftにおけるAIへの取り組み(出典:日本マイクロソフト提供資料)

 三上氏はAzure OpenAIの活用例として、4社のISVの取り組みを紹介した。

 1社目が電話DXサービス「IVRy」を提供しているIVRyだ。同社はAzure OpenAIを活用し、「ChatGPT」と電話で会話できる「電話GPT」を構築。2023年3月から試験運用を行っている。2社目のThinkingsは、採用管理システム「sonar ATS」でAzure OpenAIを活用し、採用までの各ステップでより効果的な体験ができることを目指している。

 3社目のwevnalは、接客オートメーションサービス「BOTCHAN AI」でAzure OpenAIを活用している。24時間サポートが可能なチャットbotサービスを実現し、消費者と企業のブランド体験を向上させるという。

 4社目のLegalOn Technologiesは、AI契約審査プラットフォーム「LegalForce」でAzure OpenAIを活用している。条文修正アシスト機能を構築し、企業の法務担当者や法律事務所の専門家が文案の検討に要する労力や時間を軽減できるという。

LegalOn Technologiesの深川 真一郎氏

 LegalOn TechnologiesでCTO(最高技術責任者)を務める深川 真一郎氏は説明会の中で「Azure OpenAIがなければ、条文修正アシスト機能の開発は難しかった。Azure OpenAIはネットワークの安定性や複数リージョンでの冗長化が可能という信頼性に加え、オプトアウト申請時にデータの一時保存が不要で、セキュリティ面でも安心だ」と述べた。

 日本マイクロソフトは近年、ISVといった企業もスタートアップの一つと捉え、スタートアップ企業向け支援プログラムを強化している。従来の目標は「2026年6月までに1000社を支援する」というものだったが、現在は2000社に上方修正して取り組みを推進している。

 「AIの登場などで、日本マイクロソフトの支援活動の認知度も高まった。今回の上方修正分はほぼ生成AIの登場による影響と見ていい」(三上氏)

 日本マイクロソフトはスタートアップ企業のAI活用を推進するために「Generative AI Acceleration Program」を新たに開始した。これは生成AIを活用したビジネスに取り組むスタートアップ企業に対し、日本マイクロソフトと6社のベンチャーキャピタルが支援するというものだ。

 AIに関する情報提供や定期的なイベントの共同開催、ベンチャーキャピタルの投資企業向け勉強会、メンタリングセッションなどを提供し、より多くのスタートアップ企業にアプローチすることを目指す。ベンチャーキャピタルにはANOBAKA、サイバーエージェント・キャピタル、グロービス・キャピタル・パートナーズ、HIRAC FUND、インキュベイトファンド、東京大学エッジキャピタルパートナーズが参加する。

 日本マイクロソフトは中堅・中小企業のDX推進支援として、「Microsoft Teams」(以下、Teams)を活用した「ハイブリッドワークの推進」や、SaaSを活用した「ビジネスプロセスのデジタル化」、スタートアップ企業と連携した「インダストリーDX」、高度化するサイバー攻撃への「セキュリティ対応力の強化」の4点を挙げる。

 「クラウドを選択する中堅・中小企業の比率は、ここ4年間で2倍に拡大している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大前は、クラウド活用をためらっている企業が多かったが、コロナ禍を経てクラウド化やTeamsによるコラボレーションの実現などがデフォルトになってきた。現在も多様化する働き方への対応や、自然災害が訪れた際の対応といった課題に取り組む中堅・中小企業は多く、クラウドの重要性が増している」(三上氏)

 これまでは首都圏と地方都市でのクラウド利用に格差があったが、三上氏によればその差は縮まっている。日本マイクロソフトは全国26拠点で「Microsoft Base」を展開しており、パートナーと一緒になってその地域でのクラウド活用やAI活用の促進に取り組んでいる。

 日本マイクロソフトはクラウドやハイブリッドワーク、AI、セキュリティといった切り口で中堅・中小企業に提案を行っているが、2025年10月に予定されている「Windows 10」のEOS(End of Support:サポート終了)に伴う買い替え提案などはほとんど行っていない。三上氏によると、この姿勢はこれからも変化しないようだ。

 過去の歴史を見ても、EOSは企業のデジタル化を促進するために打ち出してきた買い替え施策の一つだが、三上執行役員常務は「EOSはビジネスに機会になるが、日本マイクロソフトの提案としては主語にしたくない」と話す。

 「EOSに関して、PCメーカーや販売店と足並みをそろえることはあっても、日本マイクロソフトが主導する形でEOSのキャンペーンを行う計画はないし、そのための予算も確保していない」(三上氏)

 同氏がこう断言する背景には「DXやAI活用はEOSではなく、アプリケーションやクラウドによって促進されるべき」という考えがある。

 「このような考えは従来のスタンスとは大きく異なる点だ。AIの活用で生産性を高め、課題を解決していくためには、クラウドやMicrosoft 365が前提となる。その提案にフォーカスする」(三上氏)

 同社における中堅・中小企業への投資はこれまで以上に積極的だ。EOSという従来の切り口を使わない日本マイクロソフトの取り組みはどんな影響を市場に与えていくのだろうか。

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