生成AIで金融業界はどう変わるか AWSの金融向けサービスの全貌わずか2カ月で本番実装も

業界を問わず、さまざまな企業が生成AIの活用を模索している。本稿は金融業界にフォーカスし、AWSが提供するAIサービスについて解説する。

» 2023年08月09日 08時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 アマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン)は7月27日、「金融業界向け生成系AI(人工知能)」と題し、説明会を実施した。本稿は同社が取り組む生成AIの最新事情やサービス、金融機関の業務への適用例を紹介する。

金融機関が生成系AIを利用する際に直面する4つの課題とは

AWSジャパンの飯田哲夫氏

 説明会の冒頭、AWSにおける生成AIを用いた金融ビジネスへのアプローチについて、AWSジャパンの飯田哲夫氏(金融事業開発本部長)が説明した。

 2006年よりクラウドサービスの提供を開始したAWSは、現在世界で数百万、日本では数十万以上の顧客を抱えている。2011〜2022年における、東京と大阪のリージョンに対する投資額は累計1兆3500億円以上だ。

 AWSは金融の領域で「Vision2025」という目標を掲げている。これは「単なるインフラプロバイダー」から「金融ビジネスの戦略パートナー」に価値を転換することを目指したものだ。

 AWSは2011年から日本でクラウドサービスを展開しているが、飯田氏によれば、当時の金融業界はAWSを「ノンクリティカルな領域の低コストインフラ」と位置付けていた。しかし、2017年ごろから「金融ITを支える可用性とセキュリティ品質を備えたインフラ」として認識されてきたという。

 金融業界でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が経営課題となる中、クラウドはインフラとしてだけでなく、「経営を変革する手段」として認識されるようになった。それに伴い、AWSは顧客の課題にフォーカスし、「クラウドをどう使えばビジネス変革を起こせるか」という課題の解決を支援している。

 AWSが金融機関のビジネス変革に向けて提案するのは「既存の枠組みを超えたビジネスモデルへの挑戦」「新生活様式を織り込んだ顧客との関係構築」「予測できない未来に耐え得る回復力の獲得」の3つのテーマだ。

 飯田氏は「生成AIは単なるツールではなく、“顧客のビジネス課題を解決するツール”であると考えている」と話す。

 AWSのサービスを活用している例としては、Bloombergが2023年3月、金融産業向けの独自の大規模言語モデル「Bloomberg GPT」をリリースした。これは「Amazon SageMaker」を使って開発されたものだ。

 一方、金融業務にAIを実装するには課題もある。飯田氏は主要な4つの課題とその対応策を説明した。

 1つ目は「多くの選択肢がある基盤モデルから、業務に合わせてどのモデルを選ぶか」というものだ。飯田氏はこれについて「AWSはプロプリエイタリ(非公開)かオープンソースかを問わず、数多くの基盤モデルを選択できるプラットフォームを整えたい」話す。

 2つ目が「運用の段階で、インフラコストと運用負荷を抑制したい」というものだ。AWSはこれについて、マネージドサービスの利用で運用負荷を下げ、モデルのトレーニングや推論に最適化したインスタンスの提供で対応するとしている。

 3つ目が「金融グレードのセキュリティとコンプライアンス準拠」だ。AWSは既に金融業界での実績を豊富に持ち、そこで培った暗号化の仕組みや顧客のVPC(バーチャルプライベートクラウド:クラウド内で論理的に分離された仮想ネットワーク)における実装などが可能であるとする。

 4つ目は「ユースケースを特定した業務アプリケーションとの連携」だ。AWSはこれも、顧客課題を起点にしたアプローチで支援するようだ。

 「AWSの既存サービスとも組み合わせ、金融業界で活用できるユースケースへと発展させていく」(飯田氏)

Amazonの知見に基づく“機械学習の知見を注入したAIサービス群”

AWSジャパンの小林正人氏

 AWSが提供する生成AI関連サービスと支援プログラムについて、AWSジャパンの小林正人氏(技術統括本部 技術推進グループ 本部長)が説明した。

 アマゾンは20年以上前から、顧客サービスの向上を目的とし、機械学習(ML)に取り組んでいる。Amazonの商品取引は毎分4000件に上る。また音声認識を使ったバーチャルAIアシスタント「Amazon Alexa」では毎週10億件を超えるインタラクションが発生しており、そのデータを機械学習に活用してサービスの向上に取り組んでいる。

 小林氏はAWSのミッションとして「AWSはAmazonが蓄積する機械学習の知見を全ての顧客に提供する予定だ」と話す。金融業界に対してもこのミッションは変わらない。AWSのサービスを活用して機械学習に取り組む企業は増えており、グローバルでは約10万社になるという。

 AWSは生成AIを使ったアプリケーションを開発できる「Amazon Bedrock」を限定プレビューとして提供している。インフラの管理が不要で、顧客は使いたい基盤モデルをAPI経由で利用できる。基盤モデルは自社製の大規模言語モデル(LLM)「Amazon Titan」をはじめ、スタートアップ企業などが提供する複数から選択可能だ。

Amazon Bedrockの概要(出典:AWSジャパン提供資料)

 AmazonはAmazon Titanに、これまで培ってきた機械学習のノウハウや実績を組み込んでおり、Titanの「自然言語処理モデル」と「顧客ごとにパーソナライズした情報を提供するモデル」がある。

 「AWSは生成AIにおける責任ある利用をサポートしている。(Amazon Titanであれば)AIが人を傷つける表現を使うことや、不快に感じる結果を出すリスクを回避できる」(小林氏)

 生成AIを使ったサービスをすぐに使いたいという顧客に対しては「Amazon SageMaker JumpStart」を提供している。これは基盤モデルを数クリックで起動できるサービスで、小林氏は「自社に最適な基盤モデルを選ぶ際に便利だ」と説明する。Metaが公開したLLM「LIama 2」にも2023年7月から対応している。

Amazon SageMaker JumpStartで選択できるモデル(出典:AWSジャパン提供資料)

 生成AIを動かすには強力なコンピューティングリソースを確保する必要がある。その環境を提供するのが「Amazon EC2 Trn1nインスタンス」「Amazon EC2 Inf2インスタンス」だ。機械学習専用に設計されたコストパフォーマンスが高いアクセラレーターを搭載しており、コストの最適化にも寄与できる。

 開発者支援では、プログラム開発時にコメントとコードから推奨コードを自動生成する「Amazon CodeWhisperer」を提供している。Amazonの検証では、コーディングにおけるタスクの完了率はAmazon CodeWhispererを使わないときよりも27%高く、平均で57%速く完了している。ユーザーであるAccentureは開発労力が30%向上したとしている。

 AWSはこれら生成AI関連のサービスを提供するに当たり、顧客企業が利用分野を検討できるワークショップや、実装を支援する「Generative AI Innovation Center」などのプログラムを用意している。

自社データとLLMを組み合わせる「RAGアプローチ」の有用性

AWSジャパンの木村雅史氏

 AWSによる金融業界における生成AIの活用事例については、AWSジャパンの木村雅史氏(金融ソリューション本部 保険ソリューション部 部長 シニア ソリューションアーキテクト)が説明した。

 木村氏によれば、生成AIを活用したカスタマーサービス向上には2つの方向性がある。1つは顧客自身がセルフサービスで課題を解決するための自動応答チャットbot、もう1つは電話応答時のエージェント支援だ。

 企業が自社Webサイトなどでチャットbotを利用する場合、生成AIを活用すれば質問内容に沿った精度の高い回答を出せる。カスタマーサービス品質を考えると、チャットbotが自社商品やサービスについて正確に回答することがもちろんだが、それ以外の質問に対しては「知らない」と回答することが望ましい。これについて同氏は「できるだけ安全な方向に運用することが重要だ」と説明する。

 チャットbotの応答精度向上には「RAG」(Retrieval Augmented Generation)という手法を使う。生成AIは、基盤モデルが学習していない情報の回答はできない。そこで、基盤モデル外の社内ナレッジソースへの検索を組み合わせ、回答の精度と鮮度を上げる。

 AWSはナレッジソースの集約するツールとして「Amazon Kendra」というSaaSを提供している。これは使えば「Microsoft 365」や「Box」などのクラウドサービスと接続できる。現在は40種類以上のコネクターを搭載している。

Amazon Kendraの概要(出典:AWSジャパン提供資料)

2カ月で顧客対応AIを本番実装 SBI生命保険

 SBI生命保険は、Amazon Kendraを使って社内の業務資料からインデックスを構築し、コンタクトセンター業務の検索自動化に利用している。わずか2カ月でこのシステムを開発した。

 RAGでどのような効果が出るのか。木村氏はチャットbotに「お金が足りず、保険料が引き落とされませんでした」と質問し、その解答例を基に解説した。

 LLM(大規模言語モデル)だけに基づく回答だと、「引き落としがされなかった場合の保険会社の一般的な対応」が回答として示される。この回答に「顧客が今とるべきアクション」は含まれていない。

 RAGで「よくある質問データ」の検索結果を加えると、引き落としができなかった顧客に対して、「次の入金の期限」を月払いか年払いのケースに分けて示す。一般論でなく、自社のルールに基づいた回答を出せれば、顧客の課題解決がスムーズになる。

 銀行顧客がチャットbotに対して「ここより金利が高い銀行は?」と質問するとどうなるか。LLMに基づく回答では、金利が高いことで知られる他行の名前を挙げる場合がある。一般論では正しくても、他社をおすすめするのはユーザーである銀行にとってはデメリットだ。RAGであれば、不要な回答はせずに「情報がありませんでした。申し訳ありません」とシンプルに答える。

RAGを用いたチャットbotの回答(出典:AWSジャパン提供資料)

 コンタクトセンターのエージェント支援でも生成AIは効果的だ。エージェントが顧客との通話中に、通話内容を分析して必要な情報を自動的に手元に表示できる。

 通話内容は自動的にテキスト化され、メモが不要だ。さらに、テキスト化された通話内容を要約し、事後のアクションを示すことで、対応の抜け漏れを防ぐことも期待できる。デモでは電話音声が自動的にテキスト化されると同時に、エージェントの端末画面に次々と関連情報が示された。

 「経験の浅いエージェントでも、生成AIがあれば他のメンバーに聞くといった手間が不要になる。結果として対応時間が短縮し、顧客体験も向上する」(木村氏)

 AWSは「Amazon Connect」というコンタクトセンターサービスを提供しており、これと生成AIを組み合わせた「エージェント支援システム」を金融機関向けに提供する。飯田氏は説明会の最後に「AWSは金融業界のお客さまの課題を起点に戦略を検討し、実装時の選択肢を提供する。金融機関に求められるセキュリティやコンプライアンスに準拠した支援を続けていきたい」と語った。

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