中堅・中小企業のDX支援に注力するAWSの戦略 クラウド移行を短期間で行うITX Liteとは

さまざまな企業がDXに取り組んでいるが、中堅・中小企業を取り巻く環境は大企業と比べても課題が多い。これを解決するためにAWSが新たなサービスを発表した。

» 2023年08月02日 08時00分 公開
[谷川耕一ITmedia]

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 Amazon Web Services(以下、AWS)の顧客企業は世界190カ国以上で数百万社規模で、日本国内だけでも数十万に昇る。その多くは国内企業の99.7%を占める中堅・中小企業だ。アマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン)の広域事業統括本部は2023年7月20日、このような顧客企業の状況を受け、中堅・中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援するための事業戦略を説明した。

中堅・中小企業のAWS移行に特化したプログラムパッケージITX Liteを新たに提供

AWSジャパンの原田洋次氏

 「AWSには顧客の声を聞き、利益を顧客に還元する基本姿勢が常にあります。200以上の豊富なサービスや高い可用性を持つグローバル規模のインフラ、包括的なセキュリティ機能、充実したユーザーコミュニティー、パートナーネットワークがあることで、AWSは世界で利用されています」

 こう話すのはAWSジャパンの原田洋次氏(執行役員 広域事業統括本部 統括本部長)だ。

 同氏は中堅・中小企業の現状について「中堅・中小企業の多くは深刻な人手不足に悩んでおり、事業基盤も必ずしも盤石ではないため、大手企業以上に顧客ニーズや市場動向にスピーディーな追随が求められる。そのためにクラウドやAI(人工知能)といった新たなデジタル技術の活用が欠かせない。自社に豊富なITリソースを抱えられない中堅・中小企業こそ、クラウドを活用するメリットは大きい」と話す。

中堅・中小企業の悩み(出典:AWSジャパン提供資料)

 AWSはこれまで、中堅・中小企業が抱えるIT人材不足やデジタル技術・知識の習得といった課題に対応するために「人材育成」「最新テクノロジーの提供」「パートナー連携」などに取り組んできた。加えて、今回の事業戦略で「クラウド移行支援」「経営者層向けカルチャー改革支援」の2つを発表した。

 クラウド移行支援として提供されるのは、ITトランスフォーメーション(ITX)パッケージの一つである「ITX Lite」だ。ITXはAWSへの大規模システム移行を実現し、顧客企業のDX支援を目的としたパッケージ型のプログラムだ。2021年から提供されており、評価、準備、移行&モダナイゼーションという3つのフェーズで既存システムをAWSに移行する。移行後も継続的な改善を行い、コストの最適化なども支援する。

ITX Liteの概要(出典:AWSジャパン提供資料)

 これまでのITXは主に「大規模なシステム移行」を対象にしていた。2023年4月に追加されたITX Liteは、従来の評価、準備、移行の3フェーズに沿って支援する形は変わらないが、中・小規模のクラウド移行にも対応する。ITX Liteでは人材が少ない中堅・中小企業が利用しやすいように、ヒアリング項目を絞り込むなどしている。これにより、顧客企業の現場担当者の負担を減らし、短期間で移行が可能になるという。ITX Liteの対象は10〜100台程度のサーバ規模だ。

 「中堅・中小企業にはクラウドに関する専任担当者がいないことも多く、現状の把握を目的とした打ち合わせすら負担になることがあります。ITX Liteはそういった顧客の負担を軽減するパッケージです」(原田氏)

 原田氏によると、平均で2〜3カ月かかるプロセスを1〜2週間程度に短縮できる。ITX Liteは既に多くの企業が利用している。

 もう一つの新たな施策が経営者層向けカルチャー改革支援だ。AWSは新たに「デジタルイノベーション体験ワークショップ」を提供する。これは、さまざまなイノベーションを生んできたAmazonのカルチャーやプロセスを経営層向けに紹介するもので、実際にAmazonが実践している『Working Backwards』の手法も学べる。これはAmazonが実践する顧客視点から逆算して顧客が望むサービスを生み出すビジネスプロセスで、半日ほどのワークショップで体験できる。

 原田氏によれば、参加した経営者からは「クラウドというツールをどう整備するかだけでなく、今後の組織の在り方などに関して幅広くヒントを得られた」などの声がある。

 「クラウドを導入してDXを推進するには企業のカルチャーを変えなければなりません。そういった課題を持っている経営者の方々に適したプログラムです」(原田氏)

Amazon Bedrockで専任のエンジニアなしでも容易に生成AIを活用

 AWSはAI技術を活用できるさまざまなサービスを提供してきた。

 「全ての顧客に対して機械学習(ML)のメリットを提供し、新たなテクノロジーを生かせるようにするのもAWSのミッションです」

AWSジャパンの小林正人氏

 こう話すのはAWSジャパンの小林正人氏(技術統括本部技術推進グループ 本部長)だ。AIなどに対する企業の要望は多様だ。「自分たちでML(機械学習)技術を活用する仕組みを構築したい」と考える企業もあれば、「完成しているものを簡単に組み込んで使いたい」という企業もある。「中堅・中小企業の場合は完成されたものを素早くアプリケーションなどに組み込み使いたいケースが多い」と小林氏は指摘する。

 AWSが提供するサービスの一つに「Amazon Rekognition」がある。これを使えば、画像に写っているものをAIが自動で分析する。人物の性別や年齢、感情なども解析結果として得られ、それらに基づいてユーザーに提示するコンテンツや処理を変えることも可能だ。

 Amazonは長期にわたり生成AI事業に取り組んできた。Amazonのサイト内でも生成AIは活用されており、音声エージェントの「Amazon Alexa」でも同様の技術が使われている。開発者の生産性を向上させる仕組みには「Amazon CodeWhisperer」があり、コメントとコードから推奨コードを自動生成する。

 中堅・中小企業が利用しやすいのが、AWSが2023年4月に発表した「Amazon Bedrock」だ。現在は一部の顧客に対してトライアルで利用できるリミテッドプレビューを提供している。これを使うと生成AIを利用する際のインフラ管理が必要なくなる。生成AIを活用するには基盤となるモデル構築に膨大な計算処理が必要だが、Amazon Bedrockであれば生成AIを使ったアプリケーションの構築に注力できる。自社データを使う場合にもデータを開示する必要がなく、安全性も高い。

Amazon Bedrockの概要(出典:AWSジャパン提供資料)

 「AWSであれば、自社で専任エンジニアなどを確保できなくても、生成AIなどの最新テクノロジーを容易に活用できます」(小林氏)

伝統的な酒造りの工程もAWSを活用して変革できる

 1837年に創業した鶴見酒造は、AWSを活用して“酒造りDX”に取り組んでいる。他の酒蔵がそうであるように、鶴見酒造も杜氏(とうじ)の後継者不足や蔵人(くらびと)のなり手不足、技術継承の難しさなどの課題を抱えていた。これらを解決するため、鶴見酒造はラトックシステムとパートナーになり、AWSを利用した温度センシングの仕組みを導入した。

 日本酒の醸造工程では温度管理が極めて重要だ。鶴見酒造では、製麹(せいぎく)、もろみ造り、酒母(しゅぼ)造りという3つの工程で温度センシングを活用した。ラトックシステムの「もろみ日誌クラウド」も導入し、それぞれの工程で温度や湿度の管理をモバイル端末などからできるようにした。10分単位でデータがAWSにアップロードされ、手元のスマートフォンや事務所PCで確認できる。

鶴見酒造の和田真輔氏

 鶴見酒造の和田真輔氏(社長)は「日本酒は酵母菌という微生物の作用で造りますが、同じ環境で同じように作っても同じような温度経過にはなりません。同じように作ってもタンクごとに味わいが変わります。これまでは杜氏や蔵人が都度温度を測り管理していましたが、新たな仕組みではリモートからグラフで可視化でき、今後の温度の予測も立てやすくなりました」と話す。伝統の作り方を引き継ぎつつ、新たなシステムで温度経過が見えるようになり、醸造技術の進歩を感じていると言う。

 同氏によると、今回の取り組みを通して酒質も改善できているという。これまで作業に関しては杜氏の経験と勘に依存するところが多かったが、システムを導入して結果をデータとして見られるようになり、杜氏の判断が容易になっているようだ。結果として、短期間で酒質の向上が実現でき、「全国新酒鑑評会」で2年連続の金賞を獲得した。

温度センシングを活用(出典:AWSジャパン提供資料)

 労働環境の改善も見られた。酒造りの期間中は蔵に住み込み、夜間も2〜3時間おきに現場で温度を確認する必要があったが、システムの導入により24時間どこにいても温度の確認が可能となった。温度に異常がある場合だけ現場に行くため、泊まり込み勤務を廃止できた。和田氏は「システム導入は技術の継承にも役立っています」と語る。データをグラフなどで可視化し、杜氏以外も温度変化などを把握できるようになったことで、従業員の醸造スキルの向上にもつながっているようだ。

 原田氏によれば、AWSは鶴見酒造のような取り組みを全国で今後も推進していく。2023年8〜10月には全国13都市でデジタル社会実現ツアーを開催する。これはAWSのテクノロジーを活用している自治体や企業、スタートアップなどの事例を学ぶ場で、プロジェクトの進め方や資金調達なども紹介する。

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