では、変化に備えてわれわれはどのように人生を設計すべきか。ピョートル氏は「私たちは個別の存在であると同時に世界の一部でもあります」と述べ、個人が日常で実施する意思決定の積み重ねが社会に悪影響を与える可能性を考えるべきだと強調した。「適切な意思決定をしなければ、問題が解決しないばかりか悪循環が生まれて逆効果に陥るかもしれません」
さらに、問題を「テクニカルな問題」と「アダプティブな問題」に切り分けて解決の糸口を探る方法を披露した。
テクニカルな問題はObvious(明らかな問題)とComplicated(込み入った問題)から構成される。テクニカルな問題は専門性を持って問題を分析することで解決できる。
アダプティブな問題はComplex(複雑な問題)とChaotic(混沌とした問題)から構成される。問題に悩んでいる人自身が原因を作っているため、解決するためには状況の認識と適応が必要だ。
「ほとんどの人が悩んでいるのは、テクニカルな問題ではなくアダプティブな問題です。例えば、皆さんの子どもが勉強ができなくなった場合、どうしますか。塾に通わせたり家庭教師を付けたり、あるいは親が勉強を教えることもあるかもしれません。しかし、本質的な要因は子どもの能力不足ではなく、両親の不仲など別に存在している可能性があります」。その場合は、自分自身が問題の原因を作り、自分が決断した行動が状況を悪化させていることを正しく認識し、対処しなくてはならない。
アダプティブな問題は職場でも起こっている。チームメンバーに問題があると思われる場合、外部講師を招いたり社会人教育機関に通わせたりすることもできるが、自身のマネジメントに問題がないかどうか、チームメンバーのメンタルが不調に陥っていないかどうかを疑うことも重要だ。
意図を持った働き方にシフトするためには、自分自身が変わる必要がある。そのために、自分がどんなバイアスを持って仕事について考えているかを見つめることが大切だ、とピョートル氏は語る。
その前提として、同氏は資本主義に潜む「非常識」を指摘する。「私は資本主義がまともな制度だと考えていますが、『非常識』が多いのも事実です」
私たちにとっての“常識”
- 均衡のとれた仕組み
- 価格は価値で決まる
- 経済的合理性
資本主義が均衡のとれた仕組みだという考え方は資本主義に潜むバイアスだとピョートル氏は指摘する。「市場のシェアを取るために競合他社と競争する」という考え方は、実は「非常識」ではないか。「例えば、競合他社と組んで新しい市場を作ることもできます」
「価格は価値で決まるのではなく、価値観で決まる」と考えた方が実態に近い。「ハイブランドの製品の販売価格が30万円の場合、生産コストは3〜5万円程度しかかかっていない場合があります」
経済を動かす人間は合理的ではなく、感情で動く。給与が上がればモチベーションが上がるというのは典型的なバイアスで、給与が上がっても会社へのエンゲージメントが下がるケースもある。「給与には見えるものと見えないものがあります。会社の中で自分らしくいられる、会社を通じて社会に価値をもたらせるといった要素は『見えない給与』に含まれます」
人間が持つさまざまな感情が思わぬ結果につながることもある。「働き方や経営の在り方、生き方を考えるとき、現在の正解はいずれ不正解になる可能性があることを頭に入れておくことが重要です」
正解が不正解になる現象が起こるのには、イノベーションも寄与している。100年前には寒冷地で氷を切り出して都市で売るのは利益率が高い商売だったが、イノベーションによって都市に製氷工場が作られるようになり、やがて冷凍庫付きの冷蔵庫が各家庭に置かれるようになった。「自分の仕事を頑張るだけでなく、『隣で何が起きているか』をしっかり見ていなければ正しい意思決定はできません」
世界的に時価総額が大きい企業のトップ5を見ると、2013年にテック系企業はApple1社で、他にランクインしているのはWalmartやペトロチャイナ(中国石油天然気)といったテック系以外の企業だった。2018年にはAppleも含め5社全てをテック系企業が占めるようになった。「この先どうなるかは分かりませんが、デニス・ガーバーは『未来は予測できないが、未来は発明できる』と言っています」
では、どのように未来をつくるのか。ピョートル氏はまず「自分は何者か」を問うことが重要だと話す。所属している企業名や役職名ではなく、自分は仕事を通じて何を得たいのか。「仕事はインパクト(影響)、アウトカム(成果)、アウトプット(結果)、インプット(行動)から構成されています。このうちインパクトとアウトプットに求めることが『自分は何者か』の答えになります」。そのために自分にとっての仕事とは何か、「本当は」何のために働いているのかを見つめ直すことが欠かせない。
ピョートル氏は現在、下記の4世代が混在していると分析する。
「社内では複数のパラダイムが衝突しています。通訳不能なそれぞれの世代特有のストラクチャー(構成)をハックすることで、新しいビジネスがみえてきます」
コロナ禍を経て、組織の意図ではなく、自分自身が意図を持って働き方を決める時代が到来したというのがピョートル氏の主張だ。
自分で働き方を決めるためには「仕事が社会に何をもたらしているか」から逆算する。また、キャリアを選択する際に重要なファクターとなるのが価値観だ。生き方だけでなく学び方や娯楽に至るまで、価値観に基づいて優先順位を付けることが求められる。
自身の価値観が明らかになった後は、何を重視して働き方を選ぶのかという「軸」を見極める必要がある。
働き方は自分次第であるからこそ、自己認識を深める必要がある。前述の問いかけと共通する項目もあるが、次の7つの質問に答えることで自身の強みがみえてくる。
「自分の強みを発揮してどのような価値を社会にもたらすかが問われます」
また、「どう生きたいか?」「どう働きたいか?」から逆算される個人のキャリアと、「組織のニーズとは?」「自分のニーズはどう満たす?」が問われる組織の求めるパフォーマンスをどう両立させるかも考えるべきだ。
こうして自己認識から自己開示に進み、自己表現を経て自己実現が達成されるというのがIntentional Workingの考え方だ。自己認識は個人レベルで深めるものだが、自己開示と自己表現は組織(企業)に、自己実現は組織(企業)や社会に影響を与える。
また、パラダイムシフトが起こる中では新しいやり方を素早く学習するのと同時に、これまでのやり方を忘れる「学びほぐし」も重要だ。
ここまでパラダイムシフトが起きる中で変化に適応する重要性を説いてきたピョートル氏だが、ほとんど変わらない部分もあるという。「世代を問わず、得ようとすることと避けようとすることはほとんど変わりません。多くの人は希望や社会的承認、喜びを得ようとし、恐れや痛みは避けようとします」。マネジャーは「得ようとするもの」を増やす役割で、これが組織づくりの前提にもなる。
ピョートル氏は最後に「冒頭でもお話ししましたが、仕事に好奇心を持って集中し、夢中になって取り組むことが重要です。情報を集めて論理的に考え、行動するしかありません。全ては自分次第。誰でも時間は有限です。『限られた時間をいかに使うか』を問い続けることが自己実現につながります」と語り、講演を締めくくった。
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