「働き方改革は“無意味”」 ベストセラー『ニューエリート』の著者がこう断言する理由は?ガートナー「デジタル・ワークプレースサミット」レポート(1/2 ページ)

世界で絶えずパラダイムシフトが起きる中、何を基に「自らの働き方」を決めるべきか。ベストセラー『ニューエリート』の著者で「働き方のパラダイムシフト」を説くピョートル氏が「働き方改革は無意味」と断言する理由は?

» 2023年09月08日 08時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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 ワークライフバランスを重視する考え方の浸透やコロナ禍をきっかけに働き方改革に取り組む企業は多い。しかし、「働き方改革を何のためにやるか」という目的を見失い、「働き方改革をやること」自体が目的になっている企業もある。

 本稿は、ガートナーが開催したイベント「デジタル・ワークプレース サミット」(2023年8月開催)の基調講演「働き方のパラダイムシフト〜インテンショナルワーキング〜」におけるプロノイア・グループ代表取締役のピョートル・フェリクス・グジバチ氏の話を基に編集部で再構成した。

「働き方改革は無意味」 本質的な議論が必要だ

 ポーランド共和国出身のピョートル・フェリクス・グジバチ氏(以下、ピョートル氏)は、モルガン・スタンレーやグーグルで人材育成や組織改革、リーダーシップ開発などに従事した後、2015年に独立してプロノイア・グループを設立した。「誰もが自己実現できる社会をつくる」を掲げてコンサルティングを手掛けている。最新刊『心理的安全性 最強の教科書』(東洋経済新報社)の他、『ニューエリート』(大和書房)、『パラダイムシフト 新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』(かんき出版)など多数の著書がある。

 「誰もが自己実現できる社会をつくる」ためには、一人一人が「Intentional Working」(意図を持って働く)を実現することが必要だとピョートル氏は言う。「意図をもって働く」とはどういうことだろうか。

ピョートル・フェリクス・グジバチ氏:連続起業家、投資家、経営コンサルタント、執筆者。モルガン・スタンレーを経て、Googleで人材開発や組織改革、リーダーシップマネジメントに従事。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。2016年にHRテクノロジー企業モティファイを共同創立し、2020年にエグジット。2019年に起業家教育事業のTimeLeapを共同創立。ベストセラー『ニューエリート』の他、『パラダイムシフト 新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』『世界最高のコーチ』などを執筆。ポーランド出身。 ピョートル・フェリクス・グジバチ氏:連続起業家、投資家、経営コンサルタント、執筆者。モルガン・スタンレーを経て、Googleで人材開発や組織改革、リーダーシップマネジメントに従事。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。2016年にHRテクノロジー企業モティファイを共同創立し、2020年にエグジット。2019年に起業家教育事業のTimeLeapを共同創立。ベストセラー『ニューエリート』の他、『パラダイムシフト 新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』『世界最高のコーチ』などを執筆。ポーランド出身。

 ピョートル氏は「本日は物議をかもす発言を多くします」と断った後、次のように話した(以下、特に断りのない発言はピョートル氏によるもの)。

 「ある研究によると、日本人は好奇心が低い人々です。65歳のスウェーデン人と20歳の日本人が平均的に持つ好奇心のレベルがほぼ同じだという結果が出ています」

 同氏によると、意図を持って働くためには、好奇心を持ち、集中して夢中で働く必要がある。マネジャーであれば、目の前のチームメンバーに好奇心を持ち、集中しなければリーダーシップを発揮するのは難しい。

 さらに成長志向であることも重要だ。そのためには難易度が高く、学びを得る機会が多い仕事を好んで引き受ける必要がある。新しい能力を発揮する機会を常に探し、高い技術力や知識が必要とされる仕事を好むかどうかが問われる。「一言で言うと、『“めんどくさい”仕事が好きですか』ということです。“めんどくさい”仕事では毎日のように難しい意思決定が求められます」

 続けて、ピョートル氏は「これも物議をかもすかもしれませんが、働き方改革は無意味だと私は考えています」と断言し、その理由として「まず必要なのは経営改革です」と述べた。

 経営者であれば、事業を通して世界に何をもたらすかをまず考え、どのようなビジネスを展開するか、どのような組織にするかを逆算して設計すべきで、「どのような働き方にするか」はその後に考えるべきことだという。「『どんな働き方にするか』から入るのは無意味であるばかりか、逆効果を招く可能性もあります」

 ピョートル氏が無意味なこととしてもう一つ挙げるのが「ただ会社に足を運び、ただ電子メールを送るような、何となく仕事をすること」だ。対話型生成AI(人工知能)の「ChatGPT」をはじめとするAIをビジネスでいかに活用するかが模索されている今、数年後も仕事が同じように続くかどうかは分からない。

 思考パターンや世界観を変えるパラダイムシフトは常に起こり続ける。ピョートル氏は「われわれが新しい世界をつくるためには、仕事の在り方よりももっと本質的な議論をする必要があります」と発言し、自身の来歴を語り出した。

「極端な共産主義」から「極端な資本主義」へ

 ピョートル氏が生まれた当時のポーランドは「ポーランド人民共和国」としてソビエト連邦を構成する衛星国だった。反共産主義、反ソ連の機運が高まる中で1981年に戒厳令が発令され、1983年に解除されるまで市民の自由が大幅に制限された。「ロシアに侵攻されているウクライナほどひどくはありませんが、当時6〜8歳だった私は、軍人が街のあちこちを歩き回っている光景をよく見ました」

 戒厳令下では食糧が不足し、配給制となった。ピョートル氏が生まれ育った人口約50人の山奥の村に高校に通う子どもはいなかったが、14歳になった同氏は高校進学を決意した。ソ連が崩壊したのはちょうど同じ年(1991年)だった。

 「ポーランドは約1年で『行き過ぎた共産主義』から『行き過ぎた資本主義』に移行しました。西側諸国の企業にインフラ産業が牛耳られ、生産性の低い労働者は職を失いました」

 村民の約9割が仕事を失った。その中にはピョートル氏の兄たちも含まれていた。困窮の中でピョートル氏も1993年に高校を中退したが、ドイツで働いた後、大学に進学した。「皆さんにお伝えしたいのは、歴史がガラっと変わる可能性は常にあるということです。経済がこれからどのように変わるか、今の平和が続くのかどうかは誰にも答えられません」

 こうした経験を基に、ピョートル氏は変化に備えて自分で人生を設計する重要さを力説する。「パラダイムシフトの結果、生まれるのは悪循環か好循環のどちらかです。現状維持はあり得ません」

 パラダイムシフトが起きれば、それまでの常識は非常識になる。共産主義体制下では高校や大学を卒業しなくても、国に工場勤務などの働き口を割り振られることが「常識」だった。民主主義移行後、解雇されたピョートル氏の兄の1人はうつ病とアルコール依存症を患い、亡くなった。「パラダイムシフトが起きたときに、どういう循環に陥るかは分かりません。そして、フィボナッチ数列のように一度起きた変化は不可逆なのです」

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