「年功序列を辞めないと日本企業は破綻」 人事の専門家が語る“本当に”取り組むべきこと

人的資本の開示、ダイバーシティー、サステナブルなど、多くの人事トレンドがあるが、人事領域の専門家は「トレンドと企業の現状はかけ離れている」と語る。日本企業が本当に取り組むべきこととは。

» 2023年12月08日 07時00分 公開
[大島広嵩ITmedia]

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 日本における人事領域のトレンドとして、2023年3月期決算以降に義務化された「人的資本の開示」がある。また「ダイバーシティー」や「サステナブル」「リスキリング」などのキーワードも頻繁に話題になり、人事は何から手をつけたらよいのかが分からない状況だろう。

 しかし、これまで500社以上の人事制度構築や制度運用、人事担当者育成などに携わってきたフォー・ノーツの西尾 太氏(代表取締役社長)は、「トレンドと企業の現状はかけ離れている。本当にやるべきことはトレンドとは異なる」と語る。

「給料が上がらず若手が離職」トレンドとかけ離れた実態

――早速ですが、昨今の人事領域におけるトレンドについてお聞かせください。

西尾 太氏(以下、西尾氏): 新聞などでよく見る人事領域のトレンドと企業の現状はかけ離れています。

 人的資本に関しては上場企業は取り組むでしょうが、例えば「ダイバーシティー」「サステナブル」「リスキリング」「ジョブ型雇用」「OKR」(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)などに取り組んでいる企業は多くはなく、そういったトレンドからは10〜20年遅れてる印象です。

フォー・ノーツ 西尾 太氏

 私たちが現場で聞く悩みは、「日本人の平均年齢が約50歳の中で年功序列は維持できない」や「終身雇用を維持するのは厳しい」「中高年の給料を下げられないため、若手の給料を上げられず、離職する」などです。

 能力がある人を正当に評価して処遇し、マネジャーにもなってもらうのが当たり前ですけど、実際は違います。私たちが見ている実態は、日本が少子高齢化している中、若手従業員を雇用することが難しいといった、もっと根本的なものです。

 考え方を改め直さなくてはいけない時期なのに、その根本のところがあまり語られていません。

――従来の日本企業の習慣を原因とした問題が起きているのですね。年功序列を中心とした仕組みから抜け出すため、企業はどのように考え方を変えればよいのでしょうか。

西尾氏: 年功序列を辞める時は、「成果に対して処遇する」「行動に対して処遇する」といった、過去の功績に対して処遇する年功序列とは異なる考えを導入する必要があります。成果が上がらないベテラン従業員の給料は下げて、成果を上げている若手の処遇を上げます。若手が管理職をできるなら任せればよいでしょう。「過去の実績は知らん」という考え方ですね。

 ただ、多くの会社が怖気づいて給料を下げることができません。そうこうするうちに若手は会社を辞めるわけです。

 給与を下げることに真摯に向き合わないと年功序列は辞められません。給料を下げるという前提があって、ちゃんと評価をして、本人にも伝えた上で給料を下げます。そして上げるべき人をどんどん上げていかないと、どこかで破綻します。そこに向き合わず、早期退職をやるというのは“逃げ”だと思います。ただ、基本給が1000円下がったら、モチベーションは1万円分くらい下がることもありますので、むやみに給与を下げるべきではないです。

 企業は考え方をしっかり見直さなければいけない時に、「リスキリング」だとか「人的資本」だとか、「ウェルビーング」だとか「心理的安全性」ばかりが話題になっています。

考え方を変える前にやるべきこと

――考え方を変えることは簡単ではないと思います。どのようにして変えたらよいのでしょうか。

西尾氏: 考え方を変える以前に、自社の考え方がはっきりしていないことが問題です。企業によっては、「年功序列だなんて思ってない」「終身雇用だなんて言ったことない」にもかかわらず、なんとなくそうなっている実態があります。

 また、例えば伝統的な会社は、「従業員をとても大切にする」といった印象を持たれがちです。従業員を大切にするとはいったいどういったことなのでしょうか。一生生活の面倒を見ることなのか、従業員を世の中で通用する人材にすることなのか、分からないですよね。

 そのため、考え方を変える以前に、企業がどのような考え方をしているのかをいま一度整理する必要があります。われわれはその考え方の方針を「人事ポリシー」と呼びます。

 人に対する考え方を、社長や役員、グループ会社の社長、人事部長などで集まって話し合うのがよいでしょう。「給料下げることをどう考えますか」「年功序列をどう考えていますか」と問うと、みんな回答がバラバラですよ。

 世代や業種、事業内容によって考えは違うものですが、あまりにバラバラだと一本の筋を通した人事施策は打てません。考え方が違うなら、それを認識して施策を打てばよいのであって、「なんか違うよね」では施策の効果は出ません。

 考え方の整理ができたら、本当に今のままでいいのかを見つめ直して、その考え方を貫き通した時にどうなるのかって想像してみましょう。そして、もうこのままでは駄目だと気付くことが大事です。

 その考え方が整理してない中で「ジョブ型が良い」とか「人的資本経営をやらなくては」とか「心理的安全性が必要」とか言っている。

 ただ、その中でも残るものはあります。人事は、新しいトレンドに右往左往せず、数年かけて世の中を見て、残ったものを取捨選択できる俯瞰力、長期的な視点が求められています。

――今後人事領域で残ると予想しているものを教えてください。

西尾氏: おそらく残るのは、成果と行動による評価です。成果、行動、能力といった指標がある中で、能力は発揮されないと意味がないんですよね。例えば、英語ができても使わなかったら意味がないといったことです。実際に成果に結びつくような行動をしたかどうかが重要です。

評価する内容によって評価制度が変わる(出典:フォー・ノーツの提供資料)

 行動によって成果が出るかどうかは運の影響もあります。ただ、お客さまを何百社と見てきましたが「行動と成果が重要」という結論を出した会社が9割以上です。

 色んなチューニングの方法がありますが、成果をボーナスに、行動を基本給にっていう考えは変わらないだろうと思います。それから、やはり評価が低い人や行っている業務に対して給与が高くなっている人の給与は適正なところまで下げるというのは、やらざるを得ないのです。

 年功主義、年齢主義、勤続主義は、もう極力減らしていかないと企業はもちません。人口動態的に、平均年齢50歳の国で年功、年齢、勤続を給料や処遇に結びつけるのはもう無理です。多少の年功序列を残すのは大丈夫ですけれど、もっと成果と行動を主軸とした評価と処遇をしていく必要があります。

 それから、新卒採用をする理由はよくよく突き詰めなくてはいけません。採用するなら、数年から10年ぐらいで退職することを想定したほうがいいです。

 なので、入口は新卒に限らず、例えばアルバイトで良い人がいたら採用してもよいですし、中途採用でもいいわけです。「新卒は定着率が高い」「新卒は真っ白だ」などと言いますけど本当にそうでしょうか。今時の学生は世慣れしていますからね。

 副業を活用する選択肢もあります。政府も進めていますし、副業している人も増えています。優秀な人ほど雇用契約に縛られない働き方を望むので、そのトレンドは今後進むでしょう。人事は、雇用契約にこだわらない人材の活用を考えることが大事です。

――日本企業で起きている問題や、その対応策、あるべき姿がよく分かりました。本日はどうもありがとうございました。

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