大企業の人材育成、どうしてる? 新規事業立ち上げの“裏側”をのぞくアナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(1/2 ページ)

「意思決定が遅い」「既存部門が非協力的」――。新規事業を立ち上げる大企業にはスタートアップ企業とはまた違う課題がある。課題を回避しつつ、新規事業を成功させるための人材育成の在り方とは。

» 2023年12月27日 12時55分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]

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 連載第6回は、第5回に続いて変化球を投げてみたい。市場規模調査を活用している読者の中には、既存事業の強化やビジネスモデルの変革、市場規模を眺めながらこれから新規事業の立ち上げに立ち向かう方もいるかもしれない。そこで今回は、新規事業立ち上げを担ったり、新規事業を推進したりする人材の育成に関する“裏側”に迫った上で、筆者が取材する中で得た、全社的に新規事業を推進する組織の進化フェーズを“航海図”の一つとして皆さんにシェアしたい。

歩き始める前に:立ち上げから推進まで経験のある人材は少ない

 大手企業を中心に既存のビジネスモデルの変革やデジタルを活用した新規事業の創出に向けたプロジェクトが進展している。しかし、中長期的な視点で取り組む新規事業と、目の前の売り上げを重視する既存事業部とのギャップをはじめとする障壁などから、全社的な推進に発展させるのは困難だ。

 調査に際しては、新規事業を担う人材や推進する人材について定義する必要がある。矢野経済研究所では「既存事業の強化やゼロイチの新規事業の創出を目的として、アイデアの創出からPoC(Proof of Concept:概念実証)、サービスのローンチに至るまでのプロセスに取り組む人材、もしくは同プロセスを推進支援する人材」と定義した。

「セクショナリズムが発生」「意思決定が遅い」 新規事業立ち上げの“裏側”

 意思決定の速さと迅速な行動力を強みとするスタートアップと異なり、大手企業は組織規模が大きく、セクショナリズムが発生しやすい。意思決定もスタートアップと異なり、押印の数も多くなるためスピーディーな意思決定とはいかない。

 そうした中でも、やはり既存事業であってもビジネスモデルの変革を含めた強化や、新規事業の芽を見いだして育てなければ、持続的な成長は困難だ。そこで多くの企業は新規事業を立ち上げている(立ち上げようとしている)ものの、さまざまなハードルが待ち受けている。具体的にどのようなハードルが行く手を阻むのか、そして他社ではどのように回避しているのか、本稿では大きく2つのハードルを上げた上で“裏側”をのぞいてみよう。

ハードル1: 組織的ハードル

 既存事業部は予算を達成することを第一優先としている。確立されているビジネスモデルを変革することは売り上げを毀損(きそん)する可能性があるため、あえて既存のビジネスモデルを積極的に変革するモチベーションは低いと考えるのが一般的だろう。

 仮に変革するとしても、ITを活用した業務効率化など、変革ではなく業務改善にとどまることが予想される。その結果、既存事業部としては既存事業の変革や新規事業の立ち上げに人的リソースや予算などを配分するのが難しいのが実態といえる。

 こうした組織的なハードルの回避方法として、既存事業とのバランスの取り方が重要となる。企業の中には、予算権限のある経営層をトップとした組織横断的なタスクフォースを構築して、全ての部門長が参画する仕組みを作った上で、経営層が既存事業部の変革に関する推進状況を監督する取り組みが参考になる。予算権限を持つ人材がトップになることで事業部にも経営層の「本気度」が伝わる。次年度の予算配分にも影響すると予想されるため、取り組みが進展する可能性が高いといえる。

ハードル2: 人的ハードル

 立ち上げノウハウは不足している。既存事業の変革やゼロを1にする新規事業に関わらず、新規事業の立ち上げに際しては、まず事業計画書に落とし込まなくてはならない。事業計画書が完成した後は、実証実験などを通じてアイデアをブラッシュアップし、最終的にサービスインまで持っていく。ここには相当のハードルがある。

 こうした経験のうち一部のフェーズを経験した従業員は既存事業部に在籍しているかもしれないが、全てのフェーズに携わった経験を持つ人材はあまりいない。アイデアを実現するためのプロセスを把握し、既存事業部内における目標を達成しつつ、アイデアを形にできる人材はなかなか見つからない。新規事業の立ち上げに必要なノウハウを持っており、かつ最初から最後のサービスインまで経験している人材に至っては稀有(けう)だろう。

 そこで取るべき方法としては、以下が考えられる

  1. 外部から経験を持つ人材を確保する
  2. 既存の従業員をリスキリングして育てる施策を講じる

 筆者が取材した企業では自社の新規事業経験者を軸として「新規事業推進部隊」を構築した上で、中途採用で人材を確保するケースが多い。大手企業で新規事業を推進してきた人材は稀有であるため獲得競争が起こっている。そこで「新規事業推進部隊」を中心に研修コンテンツを構築し、既存の従業員のリスキリングに取り組むケースが多い。

 研修コンテンツは座学と演習から構成される。座学はデザイン志向やアジャイル開発、プロジェクトマネジメント、マーケティングなど総合的に整備する企業が多い。演習はアイデアのブラッシュアップから事業計画書の作成、実証実験に伴う開発やユーザーニーズの把握などを繰り返す中でサービスインまで持っていく。このような実践形式で進める中で体得していくのがいいだろう。

 この他、社内で幅広く事業アイデアを募るアイデアソンを開催し、選考過程で「新規事業推進部隊」が伴走支援を通じてノウハウを承継する方法もある。最終選考を通過したアイデアを提出した従業員は「新規事業推進部隊」に異動し、事業化に取り組むという方法を採る企業もある。

失敗を受け止める“セーフティーネット”

 新規事業が成功する確率は「千三つ」(1000のうち3つ)といわれることもある。キャリアを捨ててまで新規事業にチャレンジする人材は少ないため、失敗しても自部署に戻れるような“セーフティーネット”を構築しなければ、不安は拭い去れない。

 こうした心理的な障壁を取り除く取り組みとして、事業アイデアの提案者は元の部署に籍を置きつつ、1年間に限ってアイデアの事業化に取り組むという“セーフティーネット”(安全網)を整える企業もある。

図表1 新規事業立ち上げに際しての障壁とその回避方法の例(出典:矢野経済研究所作成) 図表1 新規事業立ち上げに際しての障壁とその回避方法の例(出典:矢野経済研究所作成)
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