大企業の人材育成、どうしてる? 新規事業立ち上げの“裏側”をのぞくアナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(2/2 ページ)

» 2023年12月27日 12時55分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]
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新規事業の立ち上げ人材育成の“航海図”

 新規事業の立ち上げに際してのハードルと回避方法を示したところで、新規事業の立ち上げや推進のための人材育成に言及したい。自分たちは今、どこのフェーズにあるのかを把握するための“航海図”になれば幸いだ。

 矢野経済研究所は新規事業を手掛ける複数企業への取材を通じて、新規事業の立ち上げ人材および推進人材の育成について、2軸で区分した上で大きく3つのフェーズに分けて発表している。縦軸は「全社ごと化の浸透度合い」の高さ、横軸は「新規事業推進部隊と既存事業部との関係度合い」の深さを示す。フェーズは「立ち上げ期」「コア人材輩出期」「自律分散期」の3つに区分した。

フェーズ1: 立ち上げ期

 戦略を打ち出し、戦術として落とし込んで新規事業を推進する「部隊」を立ち上げる。立ち上げに際しては、社内で新規事業に携わった経験のある人材をそろえる必要がある。繰り返しになるが、アイデアの創出からサービスインまで一貫して手掛けたことのある経験者は希少だ。

 このため立ち上げ期はフェーズの一部を経験した人材、特にアイデアの創出や実証実験など新規事業を生み出す初期段階の経験者を組み込みながら、メンバー同士が事業推進プロジェクトを通じて学び合いながらスキルアップしていく形となる。なお、サービスインについては既存事業部にスペシャリストが存在する可能性がある。初期段階の経験者が望ましいのにはこの理由もある。

 立ち上げ期における「新規事業推進部隊」の役割は、自社における新規事業立ち上げ担当者にふさわしいのはどのような人材かを定義することにある。新規事業アイデアを持つ人材をどのように発掘するか、また、フェーズごとの支援内容を含めた育成方法について経営層を巻き込んで議論する。

フェーズ2: コア人材輩出期

 名称通り、新規事業を立ち上げる候補となるコアメンバーを輩出するために育成に力を入れるフェーズとなる。前フェーズで構築されているだろう、既存事業部との関係性を生かして候補選出を依頼する。その際は、前フェーズで作成した定義に従って望ましい人材像を明確にしておくのが望ましい。全従業員向けのアイデアコンテストの開催も考えられる。ただし、いずれにしても事業部からすると人材が減ることにつながるため、協力を期待できない可能性を踏まえて施策を練る必要がある。

 さて、各事業部から選出したメンバーや事業アイデアを持った人材がそろったところで、コア人材育成に向けた研修を実施することになる。特に実戦型に重きを置いた上で、各メンバーの状況に応じて事業アイデアの壁打ちから事業計画書の作成支援、実証実験に伴う開発支援やユーザーニーズの調査といった市場調査、そこで得られた反応を基にしたブラッシュアップ、サービスインまでの各プロセスを伴走支援することが重要となる。

 研修の状況については経営層に随時シェアすることが重要だ。必要に応じて経営者が自らの経験やノウハウをシェアする機会を設ける。特に新規事業の立ち上げに際しては、目標に向けて共に取り組む「チーミング」を実施し、リーダーシップを発揮することが必要になる。

フェーズ3: 自律分散期

 自律分散型組織とは、各人が命令などを受けずに自律的に活動する、いわば生命体のような組織を指す。前フェーズで「新規事業推進部隊」が疲弊する原因の一つとして、常に人材を育成する伴走支援型であるために人材不足に陥ることが挙げられる。

 自律分散期では育成したコア人材が元部署で保有するアセットを活用して、アイデアの事業化やビジネスモデルの変革に向けて取り組む。同時に、サポートする人材の中から新たな立ち上げ候補メンバーを見いだし、立ち上げノウハウを承継しながら自律分散的な仕組みを整えていく。

 この結果、「推進部隊」はコア人材育成と併せて、新規事業の推進に際する悩みを解決するアドバイザー的な位置付けになるだろう。また、成功の確率を「千三つ」から上げるためにより精度の高い事業アイデアの創出に向けた施策を打ち出すことに注力する必要がある。

 予算権限を持った経営層が企業トップとなり、適度な緊張感を持った横断型組織を設置することも必要だ。経営層と全ての事業部が新規事業の推進に向けて全社的に取り組む形に進化していく。このフェーズでようやく戦略が戦術として落とし込まれる状態に至ると考えられる。

各フェーズに影響を与える3つの重要な要素

 こうしたフェーズを経る上で、3つの重要な要素がある。まず既存事業の強化や既存の資産(人材を含む)を活用した新規事業の創出の必要性と併せて、将来に向けて会社をどのように変革させていくのか、全社に向けて経営層が明確な戦略や方向性を打ち出す必要がある。

 次に新規事業推進人材が新規事業を推進する上では、予算権限を持った経営層のリーダーシップとともに社内公約が必要だ。新規事業の推進への理解や支援体制を含め、明確な意思決定を社内に周知徹底し、全社が同じ方向に進むための目標が重要となる。

 そして新規事業推進に向けた仕組み(攻め)と“セーフティーネット”の整備(守り)が不可欠となる。新規事業の立ち上げに向けて、適格な人材を確保する上で事業アイデアを発掘するためにアイデアコンテストをはじめとしたさまざまな仕組みを整備する必要がある。

 繰り返しになるが、新規事業の成功率は「千三つ」といわれる。失敗した際に事業アイデアの提案者向けに“セーフティーネット”を整備することが自主的なチャレンジを生み出すと筆者は考える。こうした仕組みを整えることで新規事業をはじめ、企業変革や既存事業の強化などの全社的な推進体制の構築が可能となる。

図表2 新規事業立ち上げ人材の育成フェーズ(出典:矢野経済研究所、ニュースリリース「新規事業立ち上げ人材・推進人材の採用・育成に関する実態調査を実施(2023年)」《2023年12月21日》をベースに筆者作成) 図表2 新規事業立ち上げ人材の育成フェーズ(出典:矢野経済研究所、ニュースリリース「新規事業立ち上げ人材・推進人材の採用・育成に関する実態調査を実施(2023年)」《2023年12月21日》をベースに筆者作成)

おわりに

 今回は新規事業の立ち上げに関して人材の観点から取り上げた。いかがだっただろうか。新規事業の立ち上げに携わっている方はもちろん、これから立ち向かう方にとってはどんな課題が待ち受けているのか、その一端を分かっていただけたのではないか。今回、示した“航海図”が少しでもお役に立てば幸いだ。

 次回はある領域の市場規模を示しながら、その“裏側”にある事業者の動向など裏側をのぞいていきたい。

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