「セキュリティ人材が足りない……」と嘆く前に 企業に必要なのは“懐の深さ”だ半径300メートルのIT

セキュリティ人材の不足が世の中で叫ばれていますが、人材不足を嘆く前に自社が従業員の才能を伸ばせる環境かどうかを再考してみるといいかもしれません。

» 2024年02月06日 09時05分 公開
[宮田健ITmedia]

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 不具合が残るシステムやプログラムは問題ですが、「脆弱(ぜいじゃく)性」を把握するのは開発者側でも難しいものです。開発者は攻撃者よりも先に脆弱性を見つけなければなりませんが、そのためには専門的な知識が必要であることが大きな課題となっています。

 筆者はアイティメディアで編集記者をしていたころ、そういった専門的な知識を持つ有識者たちと一緒に仕事をする機会が多く、大変勉強になりました。今やその方たちもシニアエンジニアとなり、最前線で活動しつつ後進をどう育てるか、というフェーズに入っているように思えます。先日、お付き合いしていた有識者の1人であるSBテクノロジーの辻 伸弘さんから「ぜひ見てください」とある記事を教えてもらいました。それは入社して1年に満たないエンジニアによる、「脆弱性」にまつわるレポートでした。

プログラマー必見、脆弱性を見つけるとはどういうことか?

 この記事はあるエンジニアが、「WordPress」用プラグイン「Advanced Custom Fields」におけるクロスサイトスクリプティングの脆弱性「CVE-2023-40068」を見つけて、情報処理推進機構(IPA)やJPCERTコーディネーションセンター(JPCERT/CC)と共に開発担当者とコミュニケーションを取って、脆弱性への対策まで講じた一連の記録です。

 日頃から脆弱性対処を仕事にしている方以外にはなかなかイメージが湧かないこのプロセスを、当事者としてどのように実施したかが細かく記されています。セキュリティエンジニアになりたい方だけでなく、プログラムを書き、いつか脆弱性報告を受けるかもしれないエンジニア全般にとっても、大変役に立つ資料になっています。

実録 脆弱性発見から報告まで〜CVE保持者になりたくて〜(出典:SBテクノロジーのWebサイト)

 脆弱性はいわゆる「バグ」とは異なり、新たな攻撃手法が現れれば、また新たな脆弱性が見つかるため根絶が難しく、これこそがシステムをメンテナンスし続けなければならない理由でもあります。インターネットで攻撃者たちとつながってしまう仕組みがある以上、これは人ごとではありません。ある意味、サイバー攻撃以外で脆弱性が見つかることは幸運と言えるでしょう。

 今回の記事の大きなポイントは、発見者側の技術だけでなく、そのモチベーションにも触れていることかもしれません。筆者であるSBテクノロジーの今村 凌太郎氏は、タイトルに「CVE 保持者になりたくて」とある通り、目標がはっきりしています。

 WordPressを利用している企業は、自社が使用しているWordPressプラグインを必ず棚卸しし、脆弱性情報に目を光らせておいてください。CMSをきっかけにWebサイトが改ざんされたり、社内に侵入されたりして、これまでは放置しても大きな影響がなかったはずの他の脆弱性が牙をむく可能性もあります。その意味では、この発見は非常に大きな一歩であるはずです。

JVN#98946408には、報告者である今村氏の名前が刻まれている(出典:JVNのWebサイト)

「趣味から始まる」ことを組織は伸ばしてあげられるか

 個人的に興味深いのは、恐らくこの脆弱性発見の発端になったのは「趣味」だということです。個人のスキルといってしまえばそれまでですが、趣味でやっていることを組織が積極的に伸ばしたり、あるいは容認したりすることが、スキルが必要なジャンルにおける「人を伸ばす」秘訣(ひけつ)なのではないかと思います。

 企業はセキュリティ人材を増やすために金銭的にも知識的にも資格取得を補助することが重要です。しかし筆者の経験ではスキルフルな有識者は、誰かに教わったわけでもなく、趣味で実力を伸ばした方が非常に多いと感じます。

 その意味で、組織は芽を持つ人材を、ある程度自由にしておくと良いのかもしれません。そして自由にされた側も、組織が許す限り「公私混同」の精神で、趣味を伸ばすことが、本人にも組織にも最終的にはプラスになるのではないでしょうか。

 SBテクノロジーは脆弱性を発見しただけでなく、この記事を公開することで人を伸ばす力を持っていることをアピールできていると思います。恐らくこの記事や脆弱性発見、報告の背景には、先輩たちの力もあったはずです。SBテクノロジーだけでなく、セキュリティベンダーの多くでも同様のことが起きていると考えると、そういった「誰か」の集合体が、世界のITを安全にしてくれているのです。

 2024年2月から「サイバーセキュリティ月間」がスタートしました。それに伴う内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)のコラムでは、かつて筆者も編集担当をしていた、三井物産セキュアディレクションの東内裕二氏が寄稿しています。偶然かもしれませんが、ここでも「趣味」というキーワードがタイトルに含まれていました。

 プログラマーがいくらセキュアコーディングを学ぼうとも、脆弱性は発生してしまうものです。サービスの利用者である私たちにできることは、攻撃よりも先に、その成果を基にアップデートをしっかり適用することです。折しもいま、「継続的インテグレーション/継続的デリバリー」(CI/CD)ツールの「Jenkins」で無視できない脆弱性(CVE-2024-23897)が公開されています。実証コードも公開されているだけでなく、日本における潜在的な攻撃対象サーバも非常に多いことが分かっています。ぜひ、この対処から始めてみてください。

著者紹介:宮田健(みやた・たけし)

『Q&Aで考えるセキュリティ入門「木曜日のフルット」と学ぼう!〈漫画キャラで学ぶ大人のビジネス教養シリーズ〉』

元@ITの編集者としてセキュリティ分野を担当。現在はフリーライターとして、ITやエンターテインメント情報を追いかけている。自分の生活を変える新しいデジタルガジェットを求め、趣味と仕事を公私混同しつつ日々試行錯誤中。

2019年2月1日に2冊目の本『Q&Aで考えるセキュリティ入門 「木曜日のフルット」と学ぼう!〈漫画キャラで学ぶ大人のビジネス教養シリーズ〉』(エムディエヌコーポレーション)が発売。スマートフォンやPCにある大切なデータや個人情報を、インターネット上の「悪意ある攻撃」などから守るための基本知識をQ&Aのクイズ形式で楽しく学べる。


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