せっかく豊富なデータがあるのに…… 製造業ではなぜAIプロジェクトが"停滞"するのか?

AI技術はメーカーにとって価値のあるものだが、データの品質などの問題が解決されるまで企業は慎重な姿勢を維持すべきだ。

» 2024年10月08日 07時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 長い間、AIは製造業の運営に欠かせない技術だった。そして、技術の進歩によって効率性や安全性、生産性を向上させる新たな可能性が広がっている。

 製造業者向けの自動化機器やソフトウェア、サービスを提供するHoneywell Industrial Automation(以下、Honeywell)が最近発表した報告書「Industrial AI Insights」によると、AIによって製造業に大きな変革が起こるとする誇大広告は正しいものではなく、この業界は数十年にわたり自動化やAI技術を活用してきたという。しかし、AIは急速に進化しており、製造業者は生成AIのような最先端技術から恩恵を受け始めている。

製造業でのAI活用パターン3選

 Honeywellと調査会社であるWakefield Researchは、AIを導入している世界中の製造リーダー約1600人を対象に、AIをどのように、なぜ使用しているのかを調査した。

 本報告書によると、AIが組織で十分に理解されていない中、製造業におけるAIプロジェクトは増加傾向にあるという。ほぼ全ての回答者である94%は、「企業幹部はこのテクノロジーに全面的に取り組んでいる」と回答したが、37%は「幹部がAIを理解していない」という懸念も表明した。

 それでも回答者の大多数である84%は、自社がAIのパイオニアであると考えており、91%は、タスクやプロセスの自動化という当初の計画を超えて、AIの新たな活用事例を見いだしている。また、回答者は「自動化による効率の向上」(64%)、「サイバーセキュリティの改善」(60%)、「意思決定を改善するためのリアルタイムデータの活用」(59%)など、AI導入への投資から見返りを得ていると報告している。

 AIプロジェクトは初期段階にあることも示されており、AIプロジェクトを「完全に展開している」とした回答者はわずか17%だ。一方、43%は「まだスケーリングの段階」、12%は「プロトタイピングの段階」と報告している。

 Honeywellのジェイソン・ウルソ氏(最高技術責任者)によると、製造業では主に3種類のAIが使用されているという。最も一般的なのものは数十年来利用されている決定論的AIであり、モデルベースの予測メカニズムを使用してプロセスを自動化する。

 しかし現在、新たな洞察と利点をもたらす新しい形態のAIが登場している。

 その一つが確率論的AIで、業務から得られる大量のセンサーデータを利用し、将来起こる出来事に関する確率を提供する。ウルソ氏は「これは機械を監視し、メンテナンスが必要な時期を特定するために使用できる」と述べている。

 他にも作業員が機械と対話し、機械の状態や問題の解決方法の把握を可能にする生成AIがある。

 「これらは大きな進歩だ。今では、まるで背後に専門家がいて情報を伝えているかのように、機械が人間のような方法で人とやりとりしている。しかし実際は、これは人の知識を蓄積した結果だ」(ウルソ氏)

 ウルソ氏は「意思決定を迅速かつ的確に行える最大の利点の一つは、製造業における労働力不足や若い従業員のスキルギャップに対応できるようになることだ」と述べ、「AIは専門知識を得るまでの時間を短縮するために役立つ。AIは人々の仕事を奪うのではなく、生成AIを使って問題について知識ベースで問い合わせ、解決策を提案し、人々の専門知識の習得を早めている」と続けた。

 ウルソ氏によると、製造業でAIを完全に導入する上での課題は、主にデータの品質とAIから得られる回答を信頼できるかどうかにあるという。

 「私たちは全てのデータを収集しているが、それを信頼できるのだろうか。データセットが正確であることを確認しないと、誤ったデータに基づいて間違った回答が提供される。データセットが適切に精査されているかどうかを確認するプロセスが重要だ」(ウルソ氏)

リスクはあるが、AIには期待できる

 調査企業であるForrester Researchが2024年3月に発表した報告書「Generative AI: What It Means for Smart Manufacturing」によると、製造業におけるAIの新しい能力には期待が持てるが、生成AIには潜在的なリスクがあるため注意が必要だという。

 同報告書によると、生成AIアプリケーションを活用することで、企業内の効率と効果が向上し、カスタマーサービスの担当者や知識労働に従事するメンバー、サービス技術者が企業に蓄積されたデータに迅速にアクセスし、優れた回答を得られる。この報告書の結論は、AutodeskやDassault Systemes、PTC、Schneider Electric、Siemensなど複数の産業企業のリーダーに対するインタビューに基づいている。

 同報告書の著者の一人であるForresterのポール・ミラー氏(アナリスト)は、次のように述べた。

 「生成AIに関する興奮には、製造業者が長年にわたり他の形式のAIで実施してきた有益で価値のある取り組みから注意をそらすリスクがある。それは全ての人に良い結果をもたらすものではない」(ミラー氏)

 製造業者は、生成AIが他のAI技術とどのように異なるかを理解する必要がある。例えば、自動車の生産ラインで塗装の品質をチェックするAIベースのコンピュータビジョンシステムは、決定論的またはルールベースのものであり、特定の入力に対して同じ出力を生成する。

 ミラー氏は「生成AIは非決定論的であり、同じ入力でも異なる出力を生成する可能性がある。今日の生成AIツールの基本的な特性は、製造業においてどこでどのように使用するかに影響を与えるだろう」と彼は語った。

 多くのメーカーは生成AIの非決定論的性質を明確に認識していないが、この技術が引き起こすリスクの一部、特にハルシネーションなどについては認識しているとミラー氏は述べた。

 「生成AIツールが不十分なアドバイスや誤ったアドバイスをすることで、機器の損傷やダウンタイム、さらには負傷につながる可能性があることを、ユーザーは心配している。そして、検索拡張生成などの技術をどのように使用してリスクを制限できるかに興味を持っている」と、外部データを使用してモデルの出力を改善するプロセスについて述べた。

 しかし、メーカーもまた、テクノロジーがビジネス価値をもたらす分野を理解したいと考えており、従業員や顧客に他の選択肢とともにどのように導入するのが最善かについての指針を求めているとミラー氏は述べた。

 また、ミラー氏は、「メーカーは決定論的または生成的なAI技術を選ぶのではなく、ビジネス上の問題に焦点を当てるべき」とも主張した。

 「例えば、『フィールドサービスのユースケースで製品ドキュメントを探す時間を短縮したい』と言うことは、『フィールドサービス用の生成AIツールが欲しい』と言うよりもはるかに良い出発点だ」と述べた。

製造業におけるAIの変化

 産業オートメーションシステムおよびソフトウェア企業であるエマソンのCTO(最高技術責任者)、ピーター・ゾルニオ氏も、AI革命は製造業において特に目新しいものではないと同意している。

 ゾルニオ氏によると、製造業、特にプロセス産業では、1970年代からセンサーデータの読み取りと分析にデジタルシステムを使用し、是正措置を講じるためのソフトウェアが使われてきたという。これは、現在の機械学習や生成AI技術へと進化してきた。

 「AIが流行する前から、製造業はAIを導入していた。1980年代半ばから今日に至るまで、数値数学的なAI技術を常に適用し、製造工程のより優れた制御と最適化を提供してきた」(ゾルニオ氏)

 製造業には常にデータが存在し、その多くは製造工程中にセンサーから得られるものだが、AIの進化によりモデルが構築され、分析が改善されているとゾルニオ氏は述べた。それでも、製造業におけるAIの応用には良質なデータが不可欠だと彼は強調した。

 「大量の生データがあっても、それが適切な形式やコンテキストにないと、このデータを関連付けることができない。特に工場内の複数の機能にまたがる場合、複数のデータセットで最適化してモデルを構築することは難しい」(ゾルニオ氏)

 ゾルニオ氏は、製造業における生成AIの有望な使用例についても言及した。例えば、企業はこの技術を使用して、施設ごとに特化した自動化システムを設計できる。

 「生成AIは、物理的な機器のシステム図面やそれらの相互接続方法を入力することで、自動的にシステムを構成し、制御システムの初期構成を作成できる。これは、生成AIが私たちと代われるエンジニアリング作業だ」(ゾルニオ氏)

 生成AIは、全てのドキュメントやサポートのやりとり、ログブック、アプリケーションノートを取り込んで、膨大な知識を持つ「スーパーアシスタント」として、製品の仕組みについての問い合わせに応答できるチャットbotも作成できると彼は述べた。

 「製品を作る人々は、皆そのようなスーパー製品アシスタントを作ろうとしている」とゾルニオ氏は言う。

データ品質の低さがAIプロジェクトを妨げる

 工場や製造業務には十分なデータが存在するが、それを活用する能力が問題だと、産業業務向けデータプラットフォームを提供するSight Machineの共同設立者兼CEO、ジョン・ソベル氏は述べた。

 ソベル氏は、データの問題が製造業におけるAIプロジェクトの停滞の主な理由の一つであると指摘した。

 製造業は他のビジネス部門よりも約2倍のデータを生み出しているが、これまでその多くが生産的に活用されていないと彼は述べた。問題の一つは、データがさまざまなタイミングや相互に作用しないソースから生成されることだという。

 「本当の課題は、これまでのアプリケーション構築の方法によって、このデータのほとんどが使われていないことだ。50個のアプリケーションを構築しても、それらのどれも相互に通信できない。データを構造化し、それが何であるかを理解してからクエリを開始するための新たなパラダイムが必要だ」(ソベル氏)

 メーカーがデータを適切に構造化し準備すれば、新たなAI技術がそのデータを活用するための理想的な技術となると彼は述べた。

 「長い間、データの重要性が議論されてきたが、誰もそれを気にしていなかった。AIが登場し、AIを活用するならデータは正確でなければならないと気づいた。AIは、良質なデータの重要性について議論するきっかけを作ったのだ」(ソベル氏)

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