「コスト削減のためのIT投資」という“謎現象”はなぜ起こるのか?甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

日本企業では「ITコスト削減」をDXの目標として掲げるケースが多くあります。なぜこのような現象が起きているのでしょうか。そして、IT予算の削減を繰り返すと、一体何が起きるのでしょうか。

» 2025年02月14日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら

 多くの国内企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでおり、いろいろな事例が紹介されています。本来、DXとはデジタルテクノロジーを活用して革新的なビジネスや業務プロセスを創造する活動です。

 しかし、国内企業では、昔からある「ITプロジェクト」と同様に、現行システムの運用・保守コストの削減を成果としてうたうDXプロジェクトも多いのが現状です。

DXでもITコスト削減目的が多い日本企業

 昔から、日本企業におけるITプロジェクトはITコスト削減を目的としていることが多くありました。これは日本企業のIT領域に関する特徴で、海外企業のIT活動や、日本でも他の領域ではほとんど存在しないと見ています。なぜこうした現象が起きているのでしょうか。

 製造業の場合、現在使用してい産業機械のランニングコストを削減するだけのために多くの要員や費用を長い期間投じて、機能的には今と全く変わらない新しい機械にリプレースする企業はほとんどないでしょう。

 一般的に新しい機械を導入する目的は、革新的な製造方法や従来に比べて飛躍的に効率の高い加工法を実現することです。ITシステム自体のコスト削減のために別のITシステムを導入するのは特異なものといえるだろうというのが筆者の見立てです。

 ユーザー企業のIT部門で働いていた経験を持つ筆者は、このような事態になる背景をよく理解しています。昔から、「ITはコスト」と捉える日本企業が多く、「ITコストは安いほどいい」と考える経営者や事業部門の担当者が多くいます。このような現状をIT部門が打破できないために、「ITコスト削減のためのITプロジェクト」という滑稽な構造が出来上がっているのです。

ITの「コスト削減」を繰り返すとどうなるのか?

 よく考えてみてください。ITコスト削減プロジェクトを繰り返すとどうなるでしょうか。

 ITコストのうち50%を削減するITプロジェクトを3度繰り返した場合、「50%×50%×50%=12.5%」になってします。もっと繰り返せばITコストはほぼゼロになるでしょう。実際にここまでプロジェクトを継続することはないでしょうが、理屈上はこうなるわけです。

 つまりコスト削減プロジェクトとは、自社のITシステムへの投資を可能な限り少なくする活動に他ならないのです。

 今、生成AIなどの革新的テクノロジーを駆使して、斬新なビジネスモデルを創造するスタートアップ企業がどんどん登場しています。このような企業ではITシステムは自社ビジネスにとって必須な、成長のためのエンジンです。このようなスタートアップがITへの投資を怠れば、ビジネスの成長は鈍化または停止するでしょう。

 伝統的な国内企業では、「ITなしでもビジネスは遂行できる」と豪語するベテラン従業員もいますが、本当にそうでしょうか。今やどのような企業でもITは必須であり成長エンジンであるといっても過言ではありません。スタートアップ企業も伝統的企業も実はこの点においては同じなのです。

ビジネス目的が存在しないIT投資は意味がない

 全てのIT投資プロジェクトにはビジネスにおける目的(ビジネス目的)が必須だと考えるべきです。ビジネス目的には利益・売り上げ増大や競争力強化、顧客満足度向上、生産性向上・オペレーションコスト削減、サステナビリティ強化などいろいろな分類があります。

 「オペレーションコスト削減」の項目の一つに「ITコスト削減」を組み込んでもよいでしょう。しかし、「ITコスト削減」を主目的にしてはいけないと筆者は考えます。

 デジタルテクノロジーやITにはまだまだ無限の可能性があります。次世代の企業人がこれらのテクノロジーに大きな投資をして大きな成果を獲得できる地盤を、今の企業人が今、築くべきです。

 ITコストの削減は短期的な成果しか挙げられず、次世代の企業人が苦しむ結果に繋がるということを肝に銘じるべきだと筆者は考えています。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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