業務アプリ市場への影響は? SAPのAIエージェント戦略の「難しい舵取り」Weekly Memo

業務アプリケーション分野で影響力の大きいSAPのAIエージェント戦略はどのようなものか。SAPジャパンの年次イベントから探った。

» 2025年08月18日 15時45分 公開
[松岡 功ITmedia]

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 業務アプリケーションへのAIエージェントの活用や普及において、今後、市場に大きなインパクトをもたらす可能性が高いのが、ERP(統合基幹業務)ソフトウェア最大手であるSAPの動きだ。その戦略が、SAPユーザーだけでなく、今後のマルチベンダー・マルチエージェントによるオープンな相互運用性の実現にも大きく影響するのは間違いない。

 SAPはAIエージェントに関してどのような戦略を描いているのか。同社の日本法人SAPジャパンが2025年8月6日に都内ホテルで開催した年次イベント「SAP NOW AI Tour Tokyo」のキーノートおよびその後の記者会見から探る。

AIをビジネスインパクトにつなげる「3つの条件」

 まずはキーノートで、SAPジャパンの鈴木洋史氏(代表取締役社長)が説明したSAPのAI戦略を紹介しよう。

SAPジャパンの鈴木洋史氏(代表取締役社長)(筆者撮影)

 「日本の労働人口が10年後に1割減少するといわれる中で、今後どう生産性を上げるか。特に低いと指摘されているホワイトカラーの生産性を上げるためには、定型業務をシステムにもっとやらせればよい。そうすれば、新たな労働人口が確保できる。SAPは創業以来50年以上にわたって、人を定型業務から解放するソリューションを手掛けてきたが、それをさらに強力に推進するAI技術を採用した最新の『SAP Business Suite』をこれから提供したい」

 こう切り出した鈴木氏は、AIをビジネスインパクトにつなげるための条件として、次の3つを挙げた。

  1. 業務プロセスに組み込まれていること。「業務システムではなく“業務プロセス”だ。つまり、皆さんの日々の業務に組み込まれて働くAIであることだ」(鈴木氏)
  2. データが正しいこと。「現在の生成AIから返ってくる回答は、文章力はなかなかのものだと思うが、中身の信頼性についてはまだまだだ。でもそれはAIに食わせるデータに信頼が置けないからだ。その点、SAP Business Suiteに入っているデータは信頼できるので、それをAIに食わせればよい」(同)
  3. すぐに使えること。「AIを使えるようにするための準備に手間がかかるようでは、AIをスピーディーに活用できない。SAPは多種多様なAIを組み込んで提供し、スイッチをオンすればすぐに使えるようにしていく」(同)

 

 その上で、「これら3つの条件を兼ね備えた経営基盤となるのが、SAP Business Suiteだ」と強調した。(図1)

図1 SAP Business Suiteの概要1(出典:「SAP NOW AI Tour Tokyo」説明資料)

 SAP Business Suiteは図2に示したように、業務アプリケーション群「SAP applications」、そこから整備された用途別データ群「SAP Business Data Cloud」(以下、SAP BDC)、そのデータ群を活用したAI機能「SAP Business AI」の3層構造からなる。

図2 SAP Business Suiteの概要2(出典:「SAP NOW AI Tour Tokyo」説明資料)

 鈴木氏によると、このSAP Business Suiteが上記の3つの条件を兼ね備えた経営基盤となるのは、3層がそれぞれの条件に対応しているからだ。

 「下段のSAP applicationsは、SAPが創業以来、お客さまの業務要件を満たすために進化を重ねてきたアプリケーションを取りそろえている。さらに、他社のアプリケーションのデータとも連携してAI機能を生かせるようにする。中段のSAP BDCはSAP Business AIのためのデータ基盤で、AIが正しく回答するようにきれいなデータを提供する。上段のSAP Business AIは『Joule』(ジュール)という単一のユーザーインタフェース(UI)によるAIエージェントが業務プロセス全体をカバーし、AIが自ら考えてエンドツーエンドで業務の遂行を支援する。組み込み型AI機能を充実させて主要な業務プロセスにAIを直接組み込んで提供し、パフォーマンスの向上とビジネス価値の創出をすぐに実現できるようにする。これにより、SAPのお客さまはクラウドでAI活用を自然な形で促進できるようになる」

 「Joule」はSAP独自の生成AIだが、これをUIと表現していたのが印象的だった。

AIエージェントのオープンな相互運用性も推進

 鈴木氏に続いてキーノートに登壇したSAPのヤン・ブンゲルト(Jan Bungert)氏(CRO of SAP Business Data Cloud & Business AI、CROは「最高収益責任者」)は、SAP BDCの日本での一般提供開始とSAP Business AIの機能強化について発表し、その後に記者会見を開いた。その内容についてはSAPジャパンの発表資料をご覧いただくとして、その中からAIエージェントについての表記を以下に抜粋する。

記者会見でのSAPのヤン・ブンゲルト氏(CRO of SAP Business Data Cloud & Business AI)(筆者撮影)

 「SAPはこれまで40以上のJouleエージェントを発表しており、その一部は既に一般提供を開始している。経費処理業務においては『Expense Report Validation Agent』が入力ミスや漏れを自動検知し、レポート作成にかかる時間を最大30%短縮する。『Accounts Receivable Agent』は債権情報を分析し、回収遅延や未収リスクの低減を支援する。また、『Field Service Dispatcher Agent』や『Maintenance Planner Agent』など、サプライチェーン領域におけるAIエージェントも順次リリースしており、リアルタイム分析に基づいた自動スケジューリングや保全業務の効率化を実現する」

 「これらのJouleエージェントは、SAPが提供するAI基盤『AI Foundation』上で稼働し、『SAP Business Technology Platform』(SAP BTP)上で250以上の既存AIシナリオに加えて、新たに1600以上のJouleスキルが組み込まれている。SAPは2025年末までに400以超のAIシナリオを提供予定であり、あらゆる業務領域でAIの実装を推進する計画だ」

 さらに、ブンゲルト氏はキーノートや会見で、SAP Business AIの導入企業がグローバルで3万4000社を超え、「具体的な成果も続々と上がっている」と図3を示しながら自信のほどを見せた。

図3 SAP Business AIの導入企業と成果(出典:「SAP NOW AI Tour Tokyo」説明資料)

 「Jouleエージェント」という表現も印象的だった。まずは、SAPのユーザーに対してAIエージェントを効果的に使ってもらえるようにしようという姿勢は当然だろう。

 ただ、どの企業もさまざまな業務アプリケーションを使っていることから、AIエージェントもマルチベンダーに対応して縦割りになっている業務を越えて使えなければ、企業として業務全体の効率化や生産性向上にはつながらない。それがAIエージェントを生かすことの本質ではないだろうか。

 そうしたマルチベンダー・マルチエージェントのオープンな相互運用性についての言及は、鈴木氏やブンゲルト氏からはなかった。ただし、SAPはAIエージェントを連携させる「Agent-to-Agent」(A2A)プロトコルを推進するプロジェクトの設立メンバー(関連記事)でもあることから、オープンな相互運用性を担保する方向で動く意思はあるのだろう。その点を会見の質疑応答で聞いてみたところ、ブンゲルト氏は次のように答えた。

 「SAPのAI戦略はSAPの中だけでとどめるつもりは全くなく、オープンな相互運用性も推進していく。これからさまざまなAIエージェントが出現し、それらがお互いに連携し協力し合うことが非常に大事になる。そうした世界でSAPがしっかりと役割を果たすためにも、まずはSAPのお客さまに喜んで使っていただけるAIエージェントを提供したい」

 AIエージェントのオープンな相互運用性を実現する上で、ERP最大手のSAPの役割は大きい。一方で、ビジネスとしては難しい舵取りにもなるだろう。今後の同社の立ち居振る舞いに注目していきたい。

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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