AIガバナンスの勘所は? 日本IBMの取り組みから探る「攻め」と「守り」のバランスWeekly Memo

AI活用の進展で重要性が増す「AIガバナンス」。AI活用を正しい方向に進めるためのガードレールとして重要なAIガバナンスの勘所はどこにあるのか。日本IBMの取り組みから「攻め」と「守り」のバランスを探る。

» 2025年09月01日 17時30分 公開
[松岡 功ITmedia]

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 AIの活用が広がる中で、それを安全に動かすためのガバナンスの重要性を指摘する声が高まっている。ただ、「AIガバナンス」とは何か、どこが勘所なのか、どう取り組めばよいのかといった点は、まだ広く認識されていないのではないか。

 取材の中でそう感じていたところ、日本IBMが2025年8月28日にまさしくAIガバナンスについての記者説明会を開いた。この分野における同社のキーパーソンである山田敦氏(技術理事 AI倫理委員会 日本チームリーダー)の基本的な考え方を捉えて考察したい。

日本IBMの山田敦氏(技術理事 AI倫理委員会 日本チームリーダー)(筆者撮影)

IBMが説く「そもそもAIガバナンスとは何か」

 「当社は『2025年はAIをビジネス価値に転換する年』と位置付け、『AIサービス・インテグレーター』として、お客さまが能力を迅速かつ生産的、そして安全にビジネス価値に転換する架け橋となりたい」

 会見でこう切り出した山田氏はその具体策として、次のように語った。

 「オープンで包括的な『AIプラットフォーム・サービス(統合AI基盤)』を提供」「『IT変革のためのAI』ソリューションを本番環境に適用・拡大」「AIパートナーシップで、AI+への変革をお客さまと共に加速」の3つを挙げた(図1)。

図1 日本IBMのAI戦略(出典:日本IBMの会見資料)

 そして、具体策の1つ目に挙げたAIプラットフォーム・サービスの全体像を図2に示した。上部の「AIアプリケーション基盤」「AIエージェント共通基盤」「AIゲートウェイ」「AIモデル管理(LLM)基盤」といった4つの機能を、下部の「AIデータ基盤」「AIセキュリティ/AIガバナンス基盤」「AI運用基盤」の3つが支える構図だ。山田氏はこれを「AIを安全に動かすための全体設計フレームワーク」とも呼んだ。その上で、AIガバナンスについては「本日の説明はここ」と赤枠で示した。

図2 IBMのAIプラットフォーム・サービスの全体像(出典:日本IBMの会見資料)

 図1と図2については、それぞれの右上に「3月13日開催『IBMのAI戦略に関する記者説明会』資料を一部更新し再掲」と記されているが、表記方法などの変更で大きな更新ではない。2025年3月の会見のポイントは、2025年3月17日掲載の本連載記事「IBMが『勝負あり』と言う理由は? AIエージェントの主導権争いが始まった」を参照いただきたい。

 前回の記事でも述べたが、IBMは図2のようなフレームワークを描くのがうまい。図2はAIサービスを構成する要素の全体像で、今回のテーマであるAIガバナンスはインフラに位置付けられる。あるいは全体を包含するものと言ってもいい。いずれにせよ、このフレームワークはIBMに限らず、AIサービスの全体像として捉えていいだろう。

 AIサービスにおける位置付けは分かったが、そもそもAIガバナンスとは何か。山田氏は「AI活用を前進させるための適切な『ガードレール』を設置し、運用することだ」と説明した。道路の両側に設置されるガードレールと同様、走行車が安全な方向に進められるようにする役割がある。山田氏は「重要なのは、ブレーキをかけずに済むようにすることだ」と力を込めた。ガバナンスというと「統制」や「規制」の印象があるが、AIガバナンスにはさらに深い解釈があるようだ。そのキーワードが、ガードレールである。

AIガバナンスの勘所は「ガードレール」にあり

 AIガバナンスについては、これまでどのような取り組みが行われてきたのか。山田氏は図3を示しながら、2018年以降のグローバルと日本の動きやIBMの取り組みについて説明した。

図3 AIガバナンスの取り組みの変遷(出典:日本IBMの会見資料)

 図3の表記で興味深いのは、2018年と2019年を「原則」の時代、2020年以降を「実践」の時代(規制・ガイドライン、企業による実装)と位置付けていることだ。2020年といえば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広がった時期だ。図3では言及されていないが、パンデミック(感染症の世界的な大流行)でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進展したことと無縁ではないだろう。こうした中で、山田氏はIBMの取り組みとして、2018年にAI倫理委員会が発足し、2022年にはその日本チームも発足したことを挙げた。

 このように、AI倫理の在り方に早くから取り組んでいるIBMは、「企業がAI倫理とガバナンスに投資することで、何が得られるのか」についても、次の3つのROI(投資対効果)が得られるとの見解を示している。

  • 経済面における影響(有形ROI): AI開発・活用を推進することで、業務効率化だけでなく、製品・サービスの価値が向上する
  • 企業イメージへの影響(無形ROI): 利害関係者にAIを安心して使ってもらうことで社会からの信頼を獲得し、市場機会を拡大・創出できる
  • 能力向上(リアル・オプションROI): AI関連の能力(データ管理やリテラシー、容易に開発できる環境)を高め、AI活用組織として能力を底上げし、イノベーションを創出できる

 だが、山田氏は「多くの経営者はAIガバナンスの重要性を理解しているが、その実践は限定的だ」と、現状を憂いた。図4に示した同社による調査結果がその証左だ。

 図4の左のグラフでは、自組織のAIガバナンスが優れていると考える経営者は、21%にとどまった。また、右のグラフでは、規制・コンプライアンスのリスクに十分対処できていると考える経営者は、29%となった。いずれも一言でいえば「意欲はあるものの実際には…...」ということだ(図4)。

図4 経営者を対象としたAIガバナンスの調査結果(出典:日本IBMの会見資料)

 こうした調査結果を踏まえ、同氏は「われわれがこれまで培ってきた経験やノウハウを活用してもらうことでこれらの数字を大きく引き上げ、日本のお客さまにおけるAIの取り組みを世界のトップレベルにしたい」と力を込めた。

 山田氏は最後に、AIガバナンスで企業が目指すべき方向性について、「企業におけるAIガバナンスの目的は、従業員が安心してAIを活用するためのガードレールを設置することだ。その目的に向けて、企業は3つの方向性でAIガバナンスを構築すべきだ」とし、「リスクベース・アプローチの採用」「ライフサイクル全体にわたるガバナンス」「アジャイルな推進」を挙げた(図5)。

図5 AIガバナンスで企業が目指すべき方向性(出典:日本IBMの会見資料)

「攻めと守りは表裏一体で進めなければならない」

 改めて、AIガバナンスは個々の企業にとどまらず、社会全体として取り組むべきテーマだ。今回、山田氏の話を聞いて感じたのは、本稿で紹介したようなIBMのAIガバナンスについての考え方をもっと広くアピールする必要があるのではないかということだ。会見の質疑応答でそう尋ねてみたところ、同氏は「メディアの皆さんともども、もっと貢献できるように活動したい」と、やんわり切り返されてしまった。

 同氏はこうも強調した。

 「今、AIはどんどん活用しようという攻めの姿勢が際立っているが、攻めと守りは表裏一体で進めなければならない。守りをしっかりと固めるためにもAIガバナンスの取り組みはますます重要になる」

 最近、耳にするようになってきたガードレールをめぐる話について、もっと議論を深めたいものである。

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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