JFEスチールは、ステップ数が2億に達するという巨大システムの脱レガシーを成功させた。その裏にあった挫折や成功ポイントを当事者が語る。
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「Enterprise IT Summit 2025 秋」の満足度評価No.1。アイティメディアは熱いリクエストに応え、この記事で紹介したJFEスチール 西 圭一郎氏の完全版講演動画を「Enterprise IT Summit 2026 冬」にて再配信します(2月18日15:10〜15:50/アーカイブ配信あり)。
2003年に日本鋼管と川崎製鉄が合併して誕生したJFEスチールは、粗鋼生産量2600万トン、連結売上高3兆円を超える国内屈指の鉄鋼メーカーだ。
この巨大企業が、50年にわたって蓄積された2億ステップもの巨大システムという「レガシーの重み」から、どのように脱却を遂げたのか。そして、短期的な収益が見込めないにもかかわらず、なぜ今、巨額の投資を伴うプロジェクトに挑み、成功に導いたのか。その裏にあった挫折や成功ポイントを当事者が語る。
本稿はITmediaが主催したイベント「Enterprise IT Summit 2025 秋」(2025年11月17〜20日)でJFEスチールの西 圭一郎氏(常務執行役員 製鉄所業務プロセス改革班長)が「JFEスチールが挑んだ『脱レガシー』 〜現場を巻き込むリーダーシップと人材育成〜」といったテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。
JFEスチールの西 圭一郎氏(常務執行役員 製鉄所業務プロセス改革班長)は「日本の製造業はコンピュータ産業とともに成長してきた歴史を持つ」と語る。同社も、50年の長きにわたってホストコンピュータに合理化や自動化のためのさまざまな機能を埋め込んできた。
その結果、JEFスチールのシステムは富士通のホスト4台とIBMのホスト4台に多数のサーバ群を組み合わせた規模に膨れ上がったという。プログラミング言語としてはCOBOL、PL/I、アセンブラや自社開発言語が使われ、ステップ数は2億に到達した。
そこでJFEスチールは、各製鉄所でばらばらに構築されてきた基幹システムを全地区共通の標準仕様に統合し、「仮想ひとつの製鉄所」を目指した新規再構築に着手した。基幹システムの共通化によるソフトウェア規模の大幅な縮小も狙いの一つであった。
しかし、製鉄所間でのハードウェアやコード体系の違い、さらに顧客ごとの個別仕様への対応などが障壁となり、当初のプロジェクトは3年で中断となった。西氏は「製鉄所の巨大な業務の仕様を書ける人もいなかった」と当時を振り返る。
このような挫折を経験し、JFEスチールによる脱レガシーの取り組みは「熟考期」へと進む。西氏は「なぜ、いま製鉄所の基幹システムのオープン化を目指すのか」と自問自答した。その答えを探る中で古い資料を確認してみると、1980年代には既に情報システム部門から古いアーキテクチャの限界を訴える内容が指摘されていたという事実が判明した。
「オープン化という脱レガシーに取り組まなかった理由はたくさん用意できる。そもそも鉄鋼産業の成長が鈍化していたことや、システムによる合理化効果が枯渇していたことなどが挙げられる。その結果、システムは手に負えないほど巨大化してしまったのだ。先人たちの苦悶を理解しつつも、脱レガシーのためには『問題を先送りしてきただけだ』と断じなければならなかった」
このような課題を認識した西氏だが、脱レガシーのために必要な巨大な投資に見合うだけの巨大なメリットは現在も見えていないという。そして同氏は、脱レガシーの取り組みには短期的なメリットがないからこそ、これまで十分に着手されないまま現在に至ったと指摘する。
しかし、再び先送りをしても、将来どこかのタイミングで必ず脱レガシーは必要となる。そのため、西氏は「自分の代で片付ける」と改めて取り組む決意をした。そして、短期的なメリットが見えないこの取り組みを、「将来、企業の成長や変化への対応ができなくなることを回避するもの」と定義し直した。
改めて脱レガシーを目指すことにしたJFEスチールは、取り組みに優先順位を付けた。その結果、脱ホストによる技術的限界からのブレークスルーとベンダーロックインの回避、長年蓄積されたロジックの継承を、最も重要な目的として定めた。
「蓄積されたデータは当然ながら大切な財産だ。プログラムロジックはデータ以上の価値を持つ。当社のプログラムロジックは、効率化および高度化され、鍛錬された業務そのものだ」
製造業のノウハウが詰まったプログラムロジックを次世代に残すことこそ、JFEスチールが脱レガシーで目指したことだ。
そして同社は、技術的な負債の限界である「2025年の崖」問題への対応と、経営課題であるカーボンニュートラルに向けた変革の土台作りという2つの課題に対応するため、スピードを優先した手法を検討し、自動変換を使ったリライトでの脱レガシーを選択した。
まず同社は、比較的規模の小さい仙台製鉄所と規模の大きい倉敷製鉄所で脱レガシーを並行して進めた。規模の小さい仙台製鉄所でスモールサクセスを積み重ね、そのノウハウを倉敷製鉄所に横展開しつつ、同時に他の製鉄所も平行して推進した。
仙台製鉄所のシステムは1100万ステップ、一方の倉敷製鉄所のシステムは5000万ステップで構成される。最終的にリライトを完了させるまでに、仙台製鉄所で21カ月、倉敷製鉄所では53カ月を要した。
「ノウハウの横展開により、初期のプロジェクトと比較して後続のプロジェクトは脱レガシーのための費用を約6割削減できた。現在はノウハウをグループ企業だけでなく、社外に展開している」
このような脱レガシープロジェクトに対応したのは、西氏と約100人で構成されるチームだ。チームの大半は製造部門などで実務に携わってきたメンバーだ。そして、チームが最初に取り組んだのは、数十年かけて蓄積してきた全ての業務の整理と断捨離だった。
「顧客による引き合いから出荷までの全業務について、具体的にどの業務がどのシステムで実施され、従業員がどのような画面を見ているのかをマッピングしていった。結果、画面や帳票を半分以下に減らし、プログラムの3割を削減した」
また西氏は、システム会社に丸投げしなかった点も成功のポイントと話す。開発要件やテスト範囲、合否判断といったプロジェクトの中核をなす決定事項について、全て自社で判断し、最終的な責任を取る体制を維持したことにより、業務ノウハウを深く理解した上で的確な判断が可能となった。
西氏は、モダナイゼーションの成功のポイントはスピードだと強調する。モダナイゼーションによってコンピュータシステムを最新のものにしても、すぐに本業そのものの利益を大きく向上させられるわけではない。そのため、長期化すればするほど、投資対効果が見えにくくなり、企業全体の負担やリスクが増大する。
「モダナイゼーションを成功させるには、本気で取り組む覚悟が必要になる。モダナイゼーションは困難しかない茨の道だ。自分の代で片付ける気概がある者だけが一歩を踏み出すべきだ」
モダナイゼーションを実現するためには、乗り越えるべき幾つかの壁がある。具体的には、「メインフレームを存続させるべきだ」などの保守的な意見の壁、移行の手法選定に関する技術的な壁、そして実務部門の協力や巨額の投資判断に関連する組織的な壁だ。
西氏は「やり方が分からなければ、JFEスチールが共に歩く。実体験に基づいた方向性策定支援やPMO支援ができるため、いつでも相談してほしい」と講演を締めくくった。
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