なぜAIブームでもIT運用はラクにならないのか? 「自律運用」の本質を改めて考える「新しい乱世」を生き抜くためのIT羅針盤

AIツールは続々と登場しているのに、IT運用は一向にラクにならない――そう感じている方は多いはずです。自律運用への関心は高まる一方で、誤解されがちな概念でもあります。作業の自動化と自律運用は何が違うのか、人の役割はどう変わるのか。IT運用が抱える構造的課題から整理します。

» 2026年01月23日 08時00分 公開
[入谷光浩株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。

テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。

今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。

そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。

本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(シニア・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。

 「生成AI」や「AIエージェント」という言葉が、IT運用の文脈でも急速に広がっています。

 「AIが判断する運用」「自律的に対応する運用」といった表現を目にする機会も増え、いよいよ自律運用が現実のものになりつつあるという期待が業界では高まりつつあります。

 一方で、現場を見渡すと、IT運用が本質的に楽になったという実感は必ずしも広がっていません。アラートは相変わらず多く、判断は難しく、属人化や人材不足といった課題も解消されたとは言い難いのが実情です。

 2025年10月にITRが企業のIT運用管理責任者を対象に実施した「IT運用管理の実態調査2025」では、IT運用で優先的に取り組むテーマとして、39%が「AIによる運用の自律化」と回答し、他の選択肢を抑えて最も高い結果となりました。多くの企業が、自律運用を将来の理想論としてではなく、現実に向き合うべき課題として捉え始めていることがうかがえます。

 「自律運用」はIT運用の理想の姿を象徴する言葉として、長らく広く使われてきました。しかし、その意味や捉え方は必ずしも明確になっているとは言えません。単なる省力化や自動化と何が違い、どこからが本質的な変化なのかは、改めて整理する必要があります。

 今回は、こうした関心の高まりと概念の曖昧(あいまい)さが併存している状況を背景に、IT運用が抱える構造的な課題を起点として、生成AIやAIエージェントが何を変え、何を変えないのかを整理しながら、自律運用という概念をあらためて考えていきます。

IT運用が直面してきた「終わりの見えない負担増」

 自律運用への関心が高まっている背景には、IT運用の現場が抱える切実な課題があります。その中心にあるのが、長年にわたって続いてきた運用負担の増大です。クラウドの本格普及以降、システムは社内に閉じた存在ではなくなり、外部サービスやAPIと複雑に結び付くようになりました。マルチクラウドやハイブリッド環境も一般化し、運用対象は物理的にも論理的にも分散しています。その結果、IT運用は対象の数だけでなく、関係性や依存関係も含めて管理すべき範囲が大きく広がりました。

 この影響は、障害対応の現場で顕著に表れています。トラブルが発生した際には、まず影響範囲を把握するだけでも多くの情報を確認する必要があります。アラートの数は増え、ログは多様化し、関係者も増えました。運用担当者は、対応に着手する前段階として「何が起きているのか」を理解する作業に、多くの時間と労力を費やさざるを得ません。

 こうした状況が続くと、運用は次第に疲弊していきます。目の前の対応に追われ、改善や標準化といった中長期的な取り組みに手が回らなくなる。その結果、外部委託やベンダー依存が進み、社内に判断ノウハウが残りにくくなります。さらに新しい環境や技術への対応力が低下し、運用は一層難しくなる。この循環が、IT運用における典型的な負のループです。そして、より深刻なのは、この問題が単なる人手不足では説明できない点です。判断すべき情報量や複雑性そのものが増している以上、人を増やすだけでは根本的な解決にはならないのです。

 実際、ITRの同調査では、「直近3年間においてIT運用業務の負担が増え、人手が足りていない」と回答した企業は73%に上りました。多くの企業が、運用負荷の増大と人材不足を同時に抱えており、従来の延長線上にある対策では限界に近づいている状況が浮き彫りになっています。

AIが問い直す「自律運用」の本質

 生成AIやAIエージェントの登場は、行き詰まり感のあるIT運用に新しい期待をもたらしました。自然言語による指示、ログやインシデント情報の要約、過去事例の即時参照など、人が時間をかけて実施してきた作業をAIが肩代わりしてくれるようになったからです。こうした変化は、運用現場の負担を軽減し得るものとして、強い関心を集めています。

 一方で、その期待が大きいがゆえに、「生成AIやAIエージェントを導入すれば、自律運用が実現するのではないか」という理解が先行しやすくなっている点には注意が必要です。実際の現場で起きているのは、操作が便利になったり、作業の一部が効率化されたりする段階にとどまっているケースが大半です。これらは一定の価値を持つものの、自律運用そのものを実現したとは言えません。

 自律運用の本質は、作業を自動化することではなく、「誰が判断しているのか」という主語が変わる点にあります。従来、人が担ってきた判断の一部をAIが引き受けることで、運用の在り方そのものを変える取り組みが自律運用です。その意味で、生成AIやAIエージェントは、自律運用を実現するための重要な技術要素ではありますが、それ自体が自律運用ではありません。

 また、自律運用は一足飛びに実現されるものでもありません。現実のIT運用では、まずAIが人の判断を支援する段階から始まります。情報を整理し、要点を示し、異常の兆候を提示する。次に、原因の推定や対処案の提示といった「判断の補助」を担う段階へと進みます。そして最終的に、条件が限定された範囲において、判断から実行までをAIエージェントが担う段階に進化していきます。

 この過程を通じて起きるのは、「人とAIの役割分担」の変化です。日常的で反復的な判断や実行をAIが引き受け、人は方針決定や例外対応、監督といった統制の役割に注力するようになります。生成AIとAIエージェントの登場は、自律運用を魔法のように実現するものではありませんが、判断の役割分担を見直す現実的な選択肢を、IT運用の世界に突き付けていると言えます。

ユースケースに見る、AIエージェントが拓く自律運用の姿

 自律運用の本質は、単なる作業の自動化ではなく、判断の役割分担を人からAIへと段階的に移していく点にあります。AIエージェントを活用することで、IT運用は「人が判断し、ツールが実行する」モデルから、「AIが判断し、一連のタスクを実行する」モデルへと変わっていきます。

 例えばインシデント対応では、従来は人がアラートを確認し、影響度や優先度を判断した上で対応を指示してきました。AIOpsは相関分析やノイズ除去を支援してきましたが、判断そのものは人に残されていました。AIエージェントを前提とした運用では、アラートの文脈理解から影響範囲の特定、対応シナリオの選択、初動対応の実行までを、AIが一気通貫で担うことが想定されます。

 根本原因分析においても、AIエージェントは分析結果を提示するだけでなく、過去事例や変更履歴を踏まえて原因を判断し、次に取るべき対応までを含めて提示・実行します。これは、分析を支援する従来のAIOpsとは異なり、AIが判断主体として振る舞う点に特徴があります。

 ヘルプデスクやナレッジ管理の領域では、問い合わせ対応とナレッジ更新がAIエージェントによって連動します。対応内容が次の判断に生かされることで、知識が使われながら更新され、運用全体の判断精度が継続的に高まっていきます。

 これらに共通するのは、AIエージェントが個々のタスクを自動化する存在ではなく、判断と実行を結び付けて運用プロセス全体を動かす主体になる点です。自律運用とは、AIに作業を任せることではなく、AIに判断を委ね、その判断に基づいて運用を回すモデルだと言えるのではないでしょうか。言い換えれば、自律運用とはツールの高度化ではなく、運用の意思決定構造そのものを組み替える取り組みだと言えます。

AIエージェント時代に問われる「人の役割」と自律運用の意味

 自律運用という言葉が誤解されやすい理由の一つが、「人の仕事がなくなるのではないか」という不安です。実際、筆者が20年以上にわたりIT運用の現場を見てきた中でも、自動化や自律化といったキーワードが語られるたびに、「私たちの仕事がなくなるのではないか」という恐怖感にさいなまれる運用部門を数多く目にしてきました。

 しかし、現実に起きてきたのは仕事の消失ではありません。運用の高度化が進むたびに、人の役割は担う内容を変えながらも、重要な位置を占め続けてきました。これから、AIエージェントが判断と実行を担う領域が広がるほど、人に求められる役割はむしろ明確になります。それは、日々のアラート対応や作業実行ではなく、運用全体をどう設計し、どこまでをAIに委ね、どこに人が責任を持つのかを決める役割です。

 AIエージェント時代のIT運用において、人が担うべき中心的な役割は、個々の作業対応ではなく、運用全体をどう設計し、どこまでをAIに委ね、どこに人が責任を持つのかを定義することにあります。運用方針や判断基準を明確にし、例外時には最終判断を下し、その妥当性を検証し続ける。こうした統制の役割こそが、人に残る中核的な仕事になるのではないでしょうか。

 ここで筆者が強調したいことは、自律運用とは、AIあるいはAIを実装した運用ツールを導入すること自体をゴールにする取り組みではないということです。運用における判断の流れを整理した上で、AIに任せる領域と人が関与し続ける領域を意図的に切り分け、運用として定着させることがその本質だと言えます。この考え方はIT運用に限った話ではなく、生成AIやAIエージェントの活用が広がるさまざまな業務領域にも共通しています。

 これからIT運用リーダーに求められるのは、「どのツールを導入するか」という短期的な判断ではありません。AIが担う判断と、人が担う判断の境界を描き直し、組織としてそれを運用に落とし込んでいくことです。AIエージェント時代にあらためて自律運用を考える意味は、IT運用を人手依存から解放することそのものではなく、人が本来果たすべき役割を、より価値の高い領域へと引き上げていく点にあると考えています。

筆者紹介:入谷光浩(アイ・ティ・アール シニア・アナリスト)

IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。

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