広告分野では制作業務に生成AIが広範囲で利用されるようになり、クリエイターやデザイナーの仕事が一部で奪われつつある。「われわれはAIが全てを決める世界を目指しているのではない」と語るAdobeの新たな取り組みから、クリエイティブ業務における人とAIの関係を考察する。
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「AIに任せられる仕事は任せて、人はクリエイティブなことをやればいい」――。企業の業務における「人とAIの関係」についてこんな意見をよく耳にする。しかし、クリエイティブな仕事をできる人が果たしてどれくらいいるのか。そのクリエイティブな仕事も、そのうちAIが人に代わってやるようになるのではないか。
そんな問題意識を持ち続けていたところ、クリエイティブな業務における人とAIの関係について、クリエイター向けのソフトウェアを長年提供してきたAdobeが新たな取り組みにおける考え方と方向性を示した。その内容が興味深かったので、今回はこの話を取り上げたい。
米Adobeの日本法人アドビが2026年7月6日に開いた企業向けのクリエイティブ製品に関する記者説明会で、クリエイターとAIの関係について見解を示した。クリエイティブ製品とは、クリエイティブなコンテンツ制作において生成AIおよびAIエージェントを活用して業務の効率化や生産性の向上を図るソフトウェアだ。同社はそれらをクラウドサービス「Adobe Creative Cloud」として提供している。
会見では、アドビの松原裕典氏(執行役員 デジタルメディア事業 営業戦略本部 本部長)が説明に立った。
同氏はまず、世界および日本での企業のコンテンツ制作における「クリエイティブAI」の影響についてのAdobeの調査結果を紹介した。
同調査によると、企業のコンテンツ制作における「クリエイティブAI」の影響として、世界のクリエイターの93%が「制作のスピードが速くなった」と実感しており、「クリエイティブAIによってビジネスの成長やフォロワー数の増加が加速した」と答えている。クリエイティブAIとは「コンテンツにおける画像や動画、音声、デザインなどのクリエイティブを支援するためのAI」を指す。日本での調査でも60%のクリエイターが「画像生成AIを業務で活用している」と答えている。これらの結果より、「クリエイティブAIは既に価値を生み、定着しつつある」と同社では見ている。
Adobeによると、この調査結果からは「クリエイティブの価値を決めるのは人の感性と信頼」だとの発見もあったという。それを示す結果として、世界のクリエイターの85%が「クリエイティブに対する最終的な判断は人の感性」と答えており、日本での調査でも信頼の観点から「画像生成AIを社外向けコンテンツに利用している」というケースは20%にとどまっている。この背景には「企業として著作権や肖像権、情報漏えいなどを懸念する」ところがあるという。ただ、同社では「そうした懸念が解消されれば、生成AIの活用がさらに進むとのポテンシャルも感じている」(松原氏)とも見ている(図1)。
こうした調査結果を踏まえ、松原氏は「企業が生成AIをクリエイティブに本格的に活用する上では、大きく3つの課題があると考えている」と述べ、次の3つを挙げた。
「クリエイティブへの生成AIの導入そのものは急速に進んでいる。しかし、多くの企業ではまだ試験的な導入(PoC)の段階で、しかも一部の部署に限られていて社内に広がっていない。従って、投資対効果も示せていない」(松原氏)
「企業がビジネスで使用するコンテンツの量はここ数年で飛躍的に増加している。これからますます個別対応のきめ細かいプレゼンテーションやコミュニケーションが求められるようになる中で、従来の制作体制では追い付かなくなることが明白だ」(同)
先述したように、企業において生成AIの社外向けコンテンツへの利用はまだ限定的なのは、著作権や肖像権、情報漏えいなどの懸念があるからだ。さらに「企業としてコンテンツを公開する上で『誰が何をもとにしてどのように生成したか』という来歴を担保することへの強いニーズがある」(同)。従って、「企業でのクリエイティブAIの活用には、信頼性やガバナンスを確保することが非常に重要となる」と松原氏は強調した(図2)。
では、企業でのクリティティブAIの活用に向けたそうした課題にどう対応すればよいのか。Adobeが考える対応として、松原氏は図3を示しながら次の3つを挙げた。
1つ目の価値創出の停滞に対しては、「コンテンツ制作におけるAIの活用を推進する」ことだ。同氏は、「われわれが目指すのは、AIがクリエイターに取って代わるのではなく、AIを活用することでどのクリエイターもより速く高品質なコンテンツを安心して制作できる環境を提供することだ」と強調した。
対応するソリューションとしては、クリエイティブAIにおける同社の中核製品となる「Adobe Firefly」や、その最新機能である「Firefly AI Assistant」(ベータ版)などを挙げた。この最新機能は「自然言語による指示で、企画・制作・運用までの業務を自律的に実行し、複数のアプリを横断するエージェント型ワークフロー」と説明しており、同社のクリエイティブAIの中でも個々のクリエイターに帯同するパーソナルAIエージェントに仕立て上げようという思惑があるようだ。今後のキーとなる機能だろう(図4)。
2つ目のコンテンツ需要の急増に対しては、「スケールするクリエイティブワークフローが求められる」。同氏は、「これからのコンテンツ制作はクリエイティブなものを生み出すだけでなく、必要な量をスピーディーに提供し続けることも重要になる。われわれは企画やアイデア提案の段階から制作、量産、配信までのワークフローをAIでつないで自動化することによって、この課題を解消したい」と述べた。
対応するソリューションとしては、この領域の中核製品となる「Firefly Graphエンタープライズ版」や、クリエイティブなコンテンツの量産を支援する「Firefly Creative Production エンタープライズ版」などを挙げた(図5)。
3つ目の信頼・ガバナンスに対しては、「ブランド統制を行う」ことだ。同氏は、「それぞれの企業の“ブランドらしさ”を守りながら、安全かつ信頼できる形で全体の運用を図らなければならない」と述べる。対応するソリューションとして、「暗黙知まで含めてブランドを理解し、ブランドの知識を構造化して検証・組立・予測を支援する」とした「Adobe Brand Intelligence」を新たに用意した(図6)。
このように課題への対応を説明した松原氏は、同社が提供するエンタープライズAIの価値として「速く、大量に、ブランドらしく、安全に作る」というスローガンを掲げた。
その上で、「ただし、われわれはAIが全てを決める世界を目指しているのではない。AIがどれだけ進化したとしても、やはり、何を伝えるのか、どんな経験を届けたいのか、企業のブランドらしさとは何かといったことを決めるのは人だと考えている。従って、これから重要になるのは“人×AI”で企業の競争力や創造力をどう高めるかだろう。アドビはそうした取り組みを支援するソリューションを届けたい」と力を込めた。
筆者もこの捉え方には賛同する。ただ現実的に、例えば広告分野では制作業務に生成AIが相当な範囲で使われるようになっており、クリエイターやデザイナーの仕事が奪われつつある動きも耳にする。そうなると、ハイレベルな仕事は人が手掛け、厳しいコストパフォーマンスが求められる仕事は生成AIがこなすようになるというすみ分けにならないか。「人×AI」の考え方を理解したつもりで、会見の質疑応答であえて聞いたところ、松原氏は次のように答えた。
「そういう動きも一部では起きるだろう。しかし、クリエイティブというのは人が判断する、人が考える、人が生み出すところが非常に大きいと考えている。加えて、企業での取り組みについては先述したように信頼性やガバナンスへの対応が必要不可欠なので、“人×AI”の仕組みをしっかりとつくるべきだと考える」
この質問をしたのは、今回の話がクリエイターだけにとどまらず、企業のどの業務にも当てはまると考えたからだ。
最後に、知人のクリエイターに同じことを聞いたところ、次のような答えが返ってきたので紹介しておきたい。
「生成AIをうまく使えば、クリエイターとしてもっと面白いことができそうだ。公正なルールの下でどんどん腕を振るいたい」
「人×AI」の文脈でこれまで書き記してきたが、企業においてそうした土壌をつくるのは、まさしく経営サイドの役目であることも重要なポイントとして指摘しておきたい。
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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