第4章 ユーザー事例から見るASPの現在(1)構図が変わる(4)

» 2001年03月23日 12時00分 公開
[吉田育代,@IT]

 ASPについて、一時ほどの報道がなされなくなった。しかし、ASPには確かにユーザーがいる。それは水が地中に浸み込むように、着実に日本のIT市場各層を満たしつつある。ここでは3件の事例を通して、このビジネスモデルの効用を探ってみたい。

事例.1〜会計事務所におけるASP活用事例

 CPA SHIBATA OFFICEは、名古屋を拠点とする公認会計士 柴田和範氏の経営する会計事務所だ。開業したのは1986年。のちに竹内啓元氏が合流し、以来、柴田・竹内会計事務所として監査業務を中心に、多くの企業の財務に携わっている。

 会計事務所において業務の柱となるのは、経営者である柴田氏や竹内氏だ。取引先企業からのアポイント依頼や問い合わせに対する返答、欠勤者が出た場合の業務交代指示など、事務所で起きるすべての出来事に対して、意思決定を行わなければならない。しかし、その一方で柴田氏や竹内氏は日中は取引先企業に出向くことが多い。日によっては朝出たまま夜遅くまで事務所に戻れないということもある。そのため、どうしても事務所内でのコミュニケーションが希薄になりがちだった。また、事務所員にとっても、柴田氏や竹内氏の「いつ、どこへ行く予定になっているか」「時間が空くのはいつか」といったスケジュールを把握することは非常に難しかった。

 そこで、同事務所では早くからグループウェアを導入した。その歴史はPC-LANの先駆けであるNetWareが登場したころに始まる。この上で動くグループウェアを導入して、スケジュール管理やTo-Doリストの共有をスタートさせた。

 これは事務所員が柴田氏らのスケジュールを把握できるようになったという点で、非常に有効だった。しかしながら、製品自体が少々不安定でシステムトラブルに再々見舞われた。また、リモートアクセスができなかったため、いったん外出してしまうと柴田氏自身は参照できなかった。

 1998年、リモートアクセスの環境を実現するため、OSをWindows NTに移行する。これで外からサーバに入ることができるようになったが、新たな課題が浮上した。本業をこなしながら、サーバ群の管理を行うのが大きな負担になってきたのだ。また、リモートアクセスでの通信費は、同一市内ならまだしも遠方へ出張すると高いものについてしまう。インターネットの普及を目の当たりにしていた柴田氏らは、次第にインフラをイントラネットベースにすることを考え始める。最初は自分たちでWebサーバを立てるつもりだった。

ALT CPA SHIBATA OFFICE 公認会計士 柴田和範氏

 しかし、そこにある壁が立ちはだかった。セキュリティの問題だ。会計事務所は企業の財務データという極めてクリティカルなデータを扱う。外部からのネットワークアクセスには慎重を期さなければならない。ファイアウォールを置けばいいというものの、それで本当に安心なのか、果たして自分たちだけで運用できるものなのか、心もとないものがあった。それなりのコンピュータベンダに頼めばセキュリティの高いシステムを構築してくれる。しかし、それには相当な投資がいる。そのようなジレンマに陥っていたときに、あるIT専門誌にASPベースのグループウェア特集の記事が載っているのを発見した。

 柴田氏はその記事を読んで、これこそ当事務所に必要なサービスと、さっそく検討に入る。掲載されていたサービスの中から3つを選び出し、さまざまな角度から比較検討した結果、NTTコムウェア株式会社の「ねっとデわーく」を選択する。

 これはNTTコムウェアの中小企業向けASPソリューションの1つで、Webメール、スケジュール管理、掲示板、アドレスブック、メッセージボード、施設予約などの機能を持ったインターネットベースのグループウェアだ。Webブラウザだけではなく、iモードからのアクセスも可能で、料金は、メール、アドレスブック、スケジュール、施設予約、掲示板、メッセージボードの機能を搭載した基本パックが1利用者当たり1800円。それにiモード対応のスケジュール機能をプラスすると1利用者当たり500円、iモード対応のメールをプラスすると1利用者当たり600円といった具合に加算されていく。

 数あるサービスの中で同事務所が「ねっとデわーく」を選択したのは、価格と利便性、そして信頼性だった。同時に検討したA社のサービスはクオリティの点では十分だったが価格体系が相対的に高かった。B社のサービスは、サーバを自社内に持たなければならなかった。それまでの経験で、サーバを保有したら専任の管理者が必要になることが分かっていた。しかし、全員で10人強の会計事務所でそうした人員を置くのは難しい。その点、これならWebブラウザさえあればあとは何も用意する必要はない。しかもiモードでも利用できる。価格も1人当たりの単価が低く設定されていて、どれだけ利用してもかかる料金は単価×ユーザー数分。そして、これが何より重要だったのだが、NTTが手がけているサービスというブランドに対する信頼感があった。

「どのようなデータであっても、データを預けるのですから、その企業が信頼できるかというのは非常に重要でした。技術的につきつめて検証して決めたというよりは、NTTだったら安心だろうと考えました」(柴田氏)

 2000年4月、同事務所は無料の試用期間を経て「ねっとデわーく」を正式導入する。ユーザー登録は約1週間ほどで終了。非常に迅速なスタートだった。

ALT CPA SHIBATA OFFICE 公認会計士 竹内啓元氏

 現在、利用しているサービスは大きく4つ。1つはスケジュール管理だ。柴田氏や竹内氏がスケジュールを入力し、それを事務所員で閲覧する。柴田氏らは外出の際、取引先企業のPCをちょっと拝借するなどしてサーバにアクセスして新たに決まったスケジュールを入力するため、全員で最新のマスターデータを共有することが可能だ。移動中にスケジュールを確認するのには、iモードを使用する。

 2つ目は掲示板だ。税法が変わった、PCのバグが見つかった、何月何日に停電になる、といった、事務所全体で知っておきたい情報をこの掲示板に載せ、情報共有している。

 3つ目は、個人的なTo-Doリスト。これは非公開設定されており、柴田氏や竹内氏が個人で管理したいスケジュールを載せている。

 4つ目がメッセージボード。だれだれから急ぎではない電話があった、ちょっといい忘れたことなど、わざわざメールするほどではないけれども、伝えたい用事をこの上でやりとりしているらしい。

 柴田氏も、竹内氏も、このASPサービスに満足している。グループウェアを最初に導入したときからの念願であった、事務所内のコミュニケーションの円滑化が実現し、事務作業をするためだけに事務所に寄るような時間の無駄がなくなり、直行直帰が可能になったからだ。「サーバがダウンしたときはメールで代用しよう」といった、いざというときのための取り決めもしていたが、これまでのところサーバのダウンもまったくないようだ。柴田氏は、ASP利用のメリットを次のように語る。

「すべての業務がASPで可能になるとは思いません。われわれもさすがに財務データを預けようとは思わない。しかし、こういう情報系のシステムに関しては、当事務所のような企業では人的投資、設備投資を回避できるという点で、ASPには大きな魅力があります。“ねっとデわーく”はこまめに使っていて、すでにインフラとして重宝しています。以前に比べてコミュニケーションが円滑になりました。価格的にも月額固定費用なので安心して利用できます」

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